希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

働くということ

働くことによって「成長」することにこだわるとロクなことにはならないという件

僕は成長至上主義的なイデオロギーもどきが嫌いである。 特に仕事によって自己実現とか、働くことによって成長するといった物言いも嫌いだ。 労働観というものは千差万別でひとりひとり異なるとは思うのだけれども、人生=仕事という考え方にはどうにも馴染…

人事の社員や上司に「人を見る目」なんてないという件〈再掲〉

人事考課ほど胡散臭いものはない、と僕は思っている。 人が人を査定し選別するなんておかしいし時に滑稽に思える。雇われて働くことに息苦しさを感じるのは、このしょうもない人事考課が実際には働く人たちの生殺与奪を握っているからだ。 初出 2018/1/9 就…

サラリーマンの「休み」は会社にコントロールされているという件

僕が勤め人をしているときは金曜日の夜だけが楽しみだった。明日からの土曜日と日曜日が休みだというだけで少しだけ心がウキウキしたのだ。 けれども日曜日ともなるとウキウキ感を喪失し、「明日からまた仕事か~」という思いに囚われ、明日からの仕事に備え…

安易にフリーランスになることに僕は同意できないという件

僕はサラリーマンの経験があり、フリーランスの経験もある。 今は半分雇われの身で半分はフリーランスである(半分ニートという説もある)。 僕の働き方としてはフリーランスの期間がサラリーマンのそれを上回る。フリーランスという働き方が僕にとって居心地…

会社に雇われて働くことが当然であるという「常識」を問い直すという件〈再掲〉

会社に雇われて働くことが当たり前となったのは最近の話である。 いわば限定的な条件下で発生した状態に過ぎない。雇われて働くことがデフォルトというのは一過性のものなのかもしれない。 初出 2017/12/7 僕たちはある「システム」や「ルール」に後れて参加…

働くことが嫌になっても、気にすることはないという件

僕は年がら年中働くことが嫌になる。 今は割と好きな自分に合っている仕事をしているけれども、それでも職場に出向く前に「あーあ、嫌だな」という気持ちになってしまう。 これは僕の資質や性格によるものなのか、あるいは労働というものが有している根源的…

会社で働かなくても成長はできるという件

僕は働くことで成長ができる、という物言いに違和感を覚える。はっきり言って嫌いである。 たまに若い人たちが「成長を感じられる」働き方をしたいと言うことがある。僕はこの類の言説をどうだかなぁという思いを抱いている。 労働と自己の成長を結びつける…

サラリーマンの世界に閉じこもることはとても危険だという件〈再掲〉

今は圧倒的多数の人たちが雇われて働くサラリーマンである。 社会のマジョリティとなっている。 サラリーマンのメンタリティがこの社会を覆うことは良いことなのか、僕にはわからない。 初出 2017/11/2 僕はこのブログでサラリーマン根性に浸かった人たちは…

僕が公務員を辞めた最大の理由は「安定」と「先々の保障」があると思ったからという件〈再掲〉

公務員の安定神話は未だに生きている。 僕は安定していることに価値を見出せなかった。先々の保障があるということは「先が見えている」と感じたからだ。この感覚を持つことが正しかったのかどうかは今もって分からない。 初出 2017/10/3 「公務員を辞めたネ…

僕はカネ儲けの才能が全くない、けれど悲観はしていないという件

僕はビンボー生活を長い間続けている。 元々が勤労意欲が低いことと、消費意欲が低いことも相まってカネを沢山稼ごう、という意欲が湧いてこないのである。 物欲を満たすために馬車馬のように働く人生なんて考えられないのだ。 自分の好きなことをして過ごす…

「雇われて働く」と仕事をすることが苦痛になるという件〈再掲〉

全就労者のほとんどが雇われて働く形をとっている。「雇われて働く」ことが当たり前となっていて、サラリーマンがマジョリティとなっている。社会システムもこのことを前提として作られている。雇われる形で働くことに違和感を持っている人たちは少なくない…

会社や学校をサボることは楽しいという件〈再掲〉

授業をサボったり、仕事をサボることには背徳感がつきまとう。 たかだかサボるだけのことなのに、なぜ後ろめたさを感じるのだろうか。 僕たちは幼少の頃からサボらないこと、真面目であることを強要される。 この同調圧力から少しでも逃れるためにはたまにサ…

「働くことの喜び」なんて本当にあるのか、という件〈再掲〉

「働けるだけでうれしい」と言う人が結構いる。 これはこれで正しいことであってとやかく言う筋合いのものではない。 「労働」の持つ本質的なものから目を背けているだけだと、言うのは容易い。 「働くこと」は多義的なものなのである。 初出 2017/7/18 僕は…

人事の社員や上司に「人を見る目」なんてないという件

就職活動や転職活動をしていて不採用ばかりが続くと、自分という存在を否定されたような気になってしまう。特に新卒の就活の場合においては職歴を持たないが故に「人間性」を試された感じになってしまいその傾向が強まる。 僕のように世間ずれした人間からす…

「つまらない仕事なんかない」とは経営者のたわ言に過ぎないという件〈再掲〉

どんな仕事も尊いなんてキレイ事である。 社会の底辺を支えている仕事に従事している人たちに皆が敬意を表しているか、という問いに「そうだ」と断言できるのか。 仕事に格差はある、しかしそれは時代とともに変わる相対的なものに過ぎない。 初出 2017/6/29…

会社に雇われて働くことが当然であるという「常識」を問い直すという件

僕たちはある「システム」や「ルール」に後れて参加していて、それを自明のものとしている。 「会社に雇われて働く」ということが初期設定になってしまっている社会において、そのことを疑いもせずに当然のものとして受け入れているのだ。 確かに現況は何ら…

「手に職をつける」の本来的な意味について考えてみる件

昔から「手に職」をつけることが有効な生存戦略である、と繰り返し言われ続けている。確かに人には真似できない技能を持っていると食うには困らないように思われる。 ただ、この「手に職をつける」のイメージが最先端の技術や伝統工芸等の技能を習得するとい…

サラリーマンの世界に閉じこもることはとても危険だという件

僕はこのブログでサラリーマン根性に浸かった人たちはダメだと言ってきた。 僕がサラリーマン稼業ができないというルサンチマンによってサラリーマン的生き方を否定しているという面はある。同時に世のサラリーマン諸氏に敬意を抱いている。毎日、面白くもな…

グローバル人材なんてバカでかい会社にとって使い勝手の良い労働者に過ぎないという件〈再掲〉

一時期やたらと「グローバル人材たれ」という言説が撒き散らされていた。 グローバリズムが進む資本主義体制下では労働者の待遇の下方均質化が進む。グローバル人材とは「安くこき使える」労働者に過ぎない。 初出 2017/4/18 僕の出身大学はやたらと「グロー…

「働かざる者、食うべからず」は残酷な言葉であるという件〈再掲〉

人は働いてこそ一人前だという概念が当たり前のものとなっている。 この当たり前とされている考えに疑問を抱かなければ思考停止に陥ってしまう。 世の中には働けない人が沢山いる。働けない人は一人前ではない、という切捨ての論理が蔓延る社会は不健全な社…

僕が公務員を辞めた最大の理由は「安定」と「先々の保障」があると思ったからという件

「公務員を辞めたネタ」は何度もこのブログで書いていて、「いつまで言うとんねん」といった感じではあるけれども、ちょっとだけ好評なので図に乗ってまた書くことにする。 僕が公務員を辞めた理由は幾つかあって、それらが折り重なり合った結果「ええいっ、…

中間管理職なんて本当に必要なの、という件〈再掲〉

僕は殆どの上司はバカで使えない人たちだと思っている。 この偏った考え方は僕のルサンチマンによるものだ。 中間管理職なんて必要最低限の数だけ揃えておけばそれで足りるものである。 「飼い殺し」にするための管理職なんて不要である。 初出 2017/3/30 僕…

完全な能力主義の会社なんて存在しないという件

僕はかつては能力主義の信奉者だった。 顧問先の会社に能力主義的な人事制度や給与制度を提案し構築したこともある。 コネや情実などは前時代的な遺物であり、「公明正大」な能力主義こそがあるべき姿だと思い込んでいたのだ。 僕は今でも能力主義の処遇が全…

「雇われて働く」と仕事をすることが苦痛になるという件

僕は雇われて働くということがたまらなく苦痛である。 世のサラリーマンが長時間労働やサービス残業をこなし、都市部では非人間的なラッシュの通勤地獄であっても日々休むことなく働き続けていることに敬意を覚える。 僕にはとてもじゃないができないことで…

「適職」や「天職」なんて幻想だという件〈再掲〉

その仕事が自分に合うかどうかなんて実際に働いてみないと分からない。 自分にピッタリとマッチした仕事に巡り合う確率はかなり低い。 それでも僕たちは生きるために働かなければならない。 今やっている仕事が天職でなくても全然構わない。 初出 2017/3/7 …

上司の大多数はどうしようもない奴らであるという件

僕のサラリーマン時代を振り返ると上司に恵まれなかった、という思いが強い。僕がダメサラリーマンだったということを横に置いといて、上司や中間管理職がなぜこんなにバカが多いのかということを独断で書いていきたい。 ダメとされる上司は元々が仕事ができ…

「楽しさ」を感じられない労働は「苦役」であるという件〈再掲〉

労働は苦役である、と同時に喜びをもたらすものでもある。 欧米的価値観が絶対的に正しいとは思わないが、労働は苦役であるという側面は無視できない。一方で労働は尊いという価値観がこの社会を覆っているという事実も無視できない。 初出 2017/2/2 一般的…

会社を辞めることなんて大したことではないという件

会社勤めのサラリーマンで一度も会社を辞めたいと思ったことがない人なんているのだろうか。大抵の人たちはこんな会社辞めてやる、という言葉を飲み込んで我慢して勤め続けているのではないだろうか。 会社を辞めることはなかなかに難しい。とんでもないブラ…

会社に寄りかかって、滅私奉公するだけでは未来がないという件

会社中心主義的な社会システムは一見変化しているようで根っこの部分は変わっていない。 相変わらず正社員という働き方がスタンダードという体で政策が決定されている。世間の人たちも正社員だけが一人前の社会人だと見る風潮が残っている。 経済成長が果た…

サラリーマンの給料が働きより少ないのは当たり前だという件〈再掲〉

会社の利益は労働者に「分配」されるわけではない。 労働者の給料は「労働力の再生産」に相当する費用分しか支払われないのである。労働者である限りかつかつの生活を強いられ続けるのだ。 初出 2017/1/24 世の多くのサラリーマン(労働者と呼ぶ方が正しいが…