希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

資本主義体制は「弱者」を次々と生み出すことによって成り立っているという件〈再掲〉

資本主義体制はごく少数の強者と多数の弱者によって成り立っている。 資本主義というものは常に市場を求め、経済的弱者を求めながら発展存続する。 資本主義を全否定することはできないが、その病弊は確かに存在する。 初出 2017/9/11 資本主義体制下では持…

何故「ヒマ」を嫌う人が多いのだろう、と首を傾げてしまうという件

このブログで何度も言及しているように、僕はヒマ人である。 なかなかに筋金入りのヒマ人と言ってもいい。 本当はボーっとして過ごしたいのだけれども、僕の性分なのかそれができないでいる。 仕事をしている時間(真っ当な人から見れば微々たる時間だが)以…

僕は就活が嫌だったし、ほとんどしなかったという件

雇われて働くことを嫌悪している僕ではあるが、大学4回生の夏には就活「らしき」ことはした。僕は本心ではサラリーマンにはなりたくなかったが、親の手前、世間体を考えて「とりあえず」就職する道を選ぶことにしたのだ。 大学院に進むことも考えたが、どう…

人と自分とを比べなくなってから、何となく生きることが面白くなってきたという件〈再掲〉

僕たちは幼少の頃から人と比べられて評価をされ続けている。 なかなか「自分は自分、人は人」とは言い切れない面がある。 競争社会には他者からの評価が付き物ではあるが、そればかりにとらわれると多くのものを見失うことになる。 初出 2017/9/7 僕の母は時…

ビンボーは自己責任だけれども、貧困は自己責任ではないという件

以前にこのブログでも書いたけれども、ビンボーと貧困は似て非なるものである。 貧困は社会システムの歪みから生み出されるものであって、当人にはどうすることもできない性質のものである。努力しようにもできない境遇に置かれ、社会階層の上層に移る道を閉…

恵まれない人たちへ支援するのは「立派な人」でなくても良いという件

僕がかつて福祉関係の仕事をしている時、「大変やねえ」とか「立派なことをしてはるねえ」といった類の言葉をかけられることがあった。その言葉が本心から出ているのかどうかは分からない。「汚れ仕事をようやるわ」「人の嫌がる仕事をするなんて、物好きや…

何でもかんでも「教育が悪い」と言っていればいいわけではないという件〈再掲〉

ある社会問題が多発するとすぐにその理由を教育に求める風潮がある。 青少年犯罪、ニートやひきこもり、競争力の低下、学力の低下等々は教育に問題があるとされてしまう。それは思考停止以外の何物でもない。 初出 2017/8/29 教育に関する話題となると多くの…

高収入の男性を結婚相手に求める女性は正しいという件

結婚相手に経済力を求めるのは当然のことである。たとえ愛情があったとしても、相手の人柄が良くても日々の生活が立ち行かなくなったらどうにもならない。 今は女性が働くことが当たり前となり、一昔前のように男性に全面的に養ってもらおうと考える人は減少…

僕のこれまでの人生は失敗ばかりだったけれども、それでもすてたものではないという件

僕は人の成功譚をあまり好まない。別に嫉妬をしているわけではない。 順風満帆にきた成功物語ほどつまらないものはない。そこから得るべきものはない。 失敗や挫折を積み重ねてその果てに何らかの成功を果たした物語は面白い。 人は失敗から多くの物事を学ぶ…

人に何と言われようとも僕は頑張りたくないという件〈再掲〉

殊更に頑張りが強調される社会は生きづらい、と僕は思っている。 個人の頑張りですべてが片付くという考え方も嫌いだ。それたただの思考停止である。 初出 2017/8/24 僕は幼少の頃から頑張ることが嫌いだった。正確に言えば人に自分の「頑張っている」さまを…

ほとんどの人たちは嫌になっても会社を辞められないという件

今勤めている会社を辞めたいと思ったことがある人は大半に上るだろうと推察される。 労働条件が悪い、社内の人間関係がしっくりこない、上司が無能である、今担当している仕事にやりがいを感じられない等々理由は様々である。 多くの人が一度や二度仕事を辞…

僕は「個性的」という言葉があまり好きではないという件

僕はこのブログで何度も書いているように平凡な人間である。 外見的には取り立てて特徴もないし、性格もそれほど偏ってはいない(と自分では思っている)。人に誇れるような特技もない。強いてあげれば、このブログを4年以上続けていることくらいである。平…

弱いことは悪ではない、善であるという件〈再掲〉

僕たちはなかなか自分の弱さを認めることができない。 競争に急き立てられる現行の社会では他人に自分の弱さを見せてはならない。またそう思い込んでいる。弱いことが悪であるとみなされる社会は生きづらい。 初出 2017/8/17 今のこの社会では「弱いこと」は…

ベーシックインカムを採り入れてもすべての人たちが幸せにはならないという件

僕はすべての人に無条件・平等に金銭給付を行うベーシックインカムを概ね肯定する。全面的に賛成というわけではない。生活困窮者を選別し、調査し、厳格な基準をもって現金支給をするという現行の制度は限界を迎えていると感じている。生活保護を受けること…

僕は「ヤンキー」的メンタリティとは肌が合わないという件

今のこの社会を覆っている空気が「ヤンキー的」であるという言説がある。「マイルドヤンキー」なんて語も創生された。 「ヤンキー」的というのは何も不良が跋扈しているという意味ではない。 ヤンキーと呼ばれた人たちが好むメンタリティがこの社会の多数派…

行き当たりばったりでも大抵は何とかなるという件〈再掲〉

僕たちは学生の時も社会に出ても計画性を求められる。 先のことなんて分かるはずがないのに、あるべき未来を想定して今の生き方を規定する。計画性がなさそうに見える生活をしていると、社会人失格のレッテルを貼られることもある。型に嵌った生き方を推奨す…

「うつ」と一生付き合っていかなければならない、と覚悟しているという件

僕はこれまでに3度うつに罹患したことがある。 直近のそれは10年ちょっと前、社労士事務所を営んでいた時である。 通院治療をしながらだましだまし仕事をしていたが、結局は廃業をするに至った。 その後、経済的な事情により福祉介護系の仕事を続けたのだけ…

「未来予測」が氾濫しているこの国はいい国だという件

未来のことは誰にも分からない。想像するしかない。 しかしながら、未来を予測した著書や言説が氾濫している。 先のことは分からないから安心感を得るために自称識者と言われている人たちの未来予測を受け入れている。 僕は未来予測ものの著書は積極的には買…

人の「やる気」を引き出そうとすればするほどその人はやる気をなくすという件〈再掲〉

僕は「やる気」を出せと押し付けるような人は信用していない。 「やる気」のみを重視する態度は悪しき精神主義・根性主義となり、思考停止に陥りがちである。 初出 2017/7/27 殆どの人はやる気を出せと発破をかけられればかけられるほどやる気をなくしてしま…

僕は弱者だけれども、「弱者権力」を嫌っているという件

僕は自分が社会的弱者にカテゴライズされると思っている。 ビンボーだし定職に就いていないし歳も結構喰っているし社会的信用なんてものはない。 ダメ人間であり、そのことを自覚している。 僕は公正な再分配と同時に健全な競争なされていて、機会の平等が担…

この世の中は正解がないことだらけであるという件

これから受験シーズンが本番を迎える。 僕が講師をしている進学塾でも追い込みにかかっている。 受験生は大変だなぁ、と思う一方で今から考えると受験なんて大したことないと思えたりもする。 学校での勉強、受験勉強には正解があるからだ。どんな難問・奇問…

会社や学校をサボることは楽しいという件〈再掲〉

授業をサボったり、仕事をサボることには背徳感がつきまとう。 たかだかサボるだけのことなのに、なぜ後ろめたさを感じるのだろうか。 僕たちは幼少の頃からサボらないこと、真面目であることを強要される。 この同調圧力から少しでも逃れるためにはたまにサ…

ヒマ人的生き方は楽しいという件

僕はここ数年「ヒマ人的生き方」を満喫している。 当然に懐具合は寂しいけれども、まあ何とかやりくりして生活している。 毎日馬車馬のように働いてカネを稼ぎ、消費生活を送るなんていう生活にはもう耐えられない。 以前にこのブログで書いたことだが、僕は…

「セカンド・チャンス」が許されない社会は閉塞感に覆われるという件

僕たちが生きているこの社会はなかなかに「やり直し」がきかない社会である。 「セカンド・チャンス」をものにすることが難しく、そもそも「セカンド・チャンス」の機会すら与えられない場合が多い。 どんな人でも生きていれば様々な障壁にぶつかる。 思うよ…

「働くことの喜び」なんて本当にあるのか、という件〈再掲〉

「働けるだけでうれしい」と言う人が結構いる。 これはこれで正しいことであってとやかく言う筋合いのものではない。 「労働」の持つ本質的なものから目を背けているだけだと、言うのは容易い。 「働くこと」は多義的なものなのである。 初出 2017/7/18 僕は…

死ぬほど働いても、それは無意味だという件

僕が一番嫌だなぁと思う死に方は過労死である。 働きすぎで死ぬなんて考えただけでもゾッとする。 人は生きる糧を得るために働くのであって、働きすぎて命を奪われるなんて本末転倒である。 自分の生命や心身の健康さらには尊厳と引き換えに会社の利益を増大…

人事の社員や上司に「人を見る目」なんてないという件

就職活動や転職活動をしていて不採用ばかりが続くと、自分という存在を否定されたような気になってしまう。特に新卒の就活の場合においては職歴を持たないが故に「人間性」を試された感じになってしまいその傾向が強まる。 僕のように世間ずれした人間からす…

ダメ人間だと自覚すればするほどワクワクしてくるという件〈再掲〉

僕は自他ともに認めるダメ人間である。以前はダメ人間呼ばわりされると怒り、傷ついたのだが今はどうってことはない。 ダメ人間にはダメ人間なりの矜持がある。それだけは忘れないでおきたい。 初出 2017/7/6 僕はダメ人間だと自覚している。このブログでも…

誰かから頼られてこそ人は成長するという件

僕は「自己実現」であるとか「成長」という言葉があまり好きではない。 そこには何やら胡散臭さを感じるからだ。 自己実現とか成長というものが、仕事に限定したものであったり、自己利益の極大化しか念頭に置いていないものだと感じられるからである。 人は…

今年も生き延びることができたことに感謝、という件

僕みたいなオッサンになると年の瀬を迎えても特段の感慨はない。 ああ、また歳を取るな、と言った程度のものである。 新年を迎えてこういう年にしたいという思いもあまりない。 とはいえ、新年を迎えるということになると、ちょっとだけ気が引き締まる思いが…