人に対して「悪気がないのに」嫌事を言ったりすることがあります。
また人から「悪気がなくて」嫌なことや否定的なことを言われたりもします。
皆さんも経験があると思います。
私は昔からこの「悪気がないから・・」といった言い草で悪口や嫌事を言う人を庇うことに合点がいきませんでした。
「悪気がない・・の一言で済ますなよ」とずっと思っていました。
「悪気がない言動」はかえって意図的なものより質が悪いのでは?と捉えていました。
こんな私は心が狭いのかな?と考えたりもしていました。
私の心の師である斎藤ひとりさんはご著書の中で・・
「悪気がなく嫌味なことを言うのは悪い癖です。すぐに直さないとね」といった趣旨のことを仰っていました。
ひとりさんはとても寛容な方で、人の欠点なんかも個性なのだからそのままでいい、といった感じで、決して「こうあるべき」「正しくあるべき」なんてことは言いません。
そんな方が「悪気がなく」人を嫌な気持ちにさせる行為は即座に改めなさい、と述べているわけです。
我が意を得たり!
・・と私は小躍りしました。
ここで注意しておかなければならないのは・・・
「悪気がないのに、相手の嫌がる言動をとる」のはあくまで「悪い癖」だという点です。
決して、そのようなことをしがちな人に対して人格否定をするのではなく、「癖」だから直してしまえば済むよ、と仰っているのです。
そして、相手がどうのこうのいう前に、自分自身の言動に意識を向けた方が良いとも・・
私のモットーは「自分がされて嫌なことは相手には決してしないこと」です。
ですから、以前から「悪気がなかったから許して」といった言い訳を吐くことを厳に慎んできました。
ただ、「悪気がなかった」といった相手の言動を許せなかったことについては・・反省して改めようと努めています。
「悪気がないけど、相手に嫌な思いをさせる」言動をいかにしてなくしていくか・・
これはこれから人生を歩んでいく上で、私に課せられた大切なテーマのひとつだと心得ています。
そして同時に「悪気がなくて」私が嫌な気持ちになるような言動をした相手を「許す」ことですね。
「悪気がなく、相手を不快にさせる」言動をいかにしてなくしていくか・・
これは、もう特効薬的な方法は思い浮かびません。
原点に帰って・・「自分が発しようとしている言葉に愛や優しさがあるか」を意識していくしかないんでしょうね・・
一方で、相手にこの「悪気がなく嫌な思いをする言動」をされたときには・・
許すか、一旦は付き合い方を変えて距離を取るといった手立てしかないと思います。
許すかどうかは私自身の器量の問題となります。
付き合い方については、相手を変えることはできませんので、気長に待つことになります。
皆さんはどのように思われますか?
最後までお読みいただきありがとうございます。
あなたにすべての善きことが雪崩のごとく起きます。