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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「労働」は「麻薬」のようなものである件〈再掲〉

僕は雇われて働くことが嫌だ。勤労意欲の低い人間である。 こんな僕でも仕事をやり遂げた後の充実感を得たことが何度もある。 どうやら「労働」には人を狂わす何かが内在しているようだ。 初出 2016/1/18 労働(特に雇われて働く)の本質は、労働者が自分の…

仕事のために犠牲にするものを減らせばハッピーになるという件

プライヴェートよりも仕事を優先するのは当たり前である、と僕たちは疑いもなくこの考え方を受け入れている。 多少のことは仕事の犠牲になっても仕方がない、という考え方も当たり前になっている。 仕事を口実にして結婚式に行かなかったり葬式に行かなかっ…

「新卒フリーランス」は立派な生き方であるという件

先日ある方のブログを覗いていると新卒でフリーランスになるという学生についての言及がされていた。そのブログの主は全面的に賛同していたが、どうも新卒フリーランスという進路選択に否定的な人たちが多いらしい。 新卒フリーランスに否定的な人たちの主だ…

正社員で定年まで働き続けるメリットなんてたかがしれているという件

終身雇用制が壊れてきた、という言説がまことしやかに囁かれはじめて久しい。もう会社は社員の雇用保障をしなくなるとも言われてきた。これは半分本当で半分は嘘である。 会社にとって有用とみなされた人たち、真の幹部候補の人たちはこれからも会社は手放さ…

「ウチの会社(部署)で頑張ればどこでも通用する」は真っ赤な嘘という件〈再掲〉

僕がサラリーマン時代によく耳にしたのは「ここでできればどこでも通用する」といった類の物言いだ。 これは単なる自己正当化、逃避、自己満足だと後になって気付いた。 ある職場で仕事が出来たからといって、汎用性のあるスキルが身についたことにはならな…

「働かせていただいている」ではなく「働いてやっている」と思って働く方が良いという件

雇われて働いているとその職場には必ず不備があり、また処遇に対する不満が湧き出てくる。その不満等を口にすると必ずといっていいほど「働かせていただいているんだから、多少のことは我慢しろ」と言ってくる上司や同僚がいる。現に僕もその手の言葉を何度…

風邪をひいても休めない職場は異常である件〈再掲〉

この国の会社社会では「休まない」ことが大切である。 有給休暇を取らない、ちょっとした仕事でも残っていると休日出勤する、風邪をひいても休まない、というように。 休むことを罪悪視するメンタリティは異常である。 初出 2015/12/14 仕事を休むことに罪悪…

そこそこできる人は意外と辛い件〈再掲〉

「できる人」だと周囲に評価され続けることはとてもしんどい。 もともと能力に秀でている人はそうでもないのだろうが、大多数の人は精一杯努力して現状維持に汲々としている。 なぜ「できる人」でいなければならないのか、という根源的な問いかけをしてみる…

どんな会社でも仕事でも3年は我慢すべき、は根拠のないウソという件

一旦会社に勤めたならば3年は我慢しなければならない、と巷でよく言われている。「石の上にも3年」という故事成語に由来するのかよく分からない。この言説は根拠のないウソである。ただの精神論・根性論の類に過ぎない。 とは言え、一理はある。 精神論が大…

殆どの上司はバカである件

僕のサラリーマン時代を振り返ると上司に恵まれなかった、という思いが強い。僕がダメサラリーマンだったということを横に置いといて、上司や中間管理職がなぜこんなにバカが多いのかということを独断で書いていきたい。 ダメとされる上司は元々が仕事ができ…

「仕事ができる」ことだけが人の判断基準ではない件〈再掲〉

仕事ができるかできないかだけが人の価値を決めるわけではない。 仕事ができる人たちはたかだか会社の儲けを生んでいるだけであり、より多くの搾取をされているだけなのだ。 人を仕事ができるかどうかだけで判断するのは馬鹿げている。 初出 2015/10/19 僕は…

「仕事一筋」はそんなに立派なことかという件〈再掲〉

仕事に人生を捧げる生き方はそんなに賞賛に値することだろうか。 仕事は人生の一部に過ぎない。仕事以外にも大切なことは山ほどある。 仕事人間は仕事しかしていない偏った生き方をした人たちである。そんな人たちを立派だとする考え方は労働至上主義イデオ…

会社に依存する生き方はとても危険だという件

会社中心主義的な社会システムは一見変化しているようで根っこの部分は変わっていない。 相変わらず正社員という働き方がスタンダードという体で政策が決定されている。世間の人たちも正社員だけが一人前の社会人だと見る風潮が残っている。 経済成長が果た…

就職・転職活動のときに労働条件を確認するのは当たり前という件〈再掲〉

この国の悪しき風習のひとつとして雇用契約においてきちんと文書で契約書を交わすことなくうやむやにしてしまうことがある。 契約において内容を確認し、それを文面にすることは当然のことである。労働契約の契約制を軽視し会社側の恣意に大きく左右されるこ…

「正社員幻想」はまだまだ根強く存在する件

正社員といえども安泰ではない、これからは正社員にこだわらずに働き方を変えるべきだ等の物言いがなされるようなって久しい。 高度経済成長の頃の正社員最強伝説は終焉を迎えたかのような錯覚を覚える。 個人レベルで見てみれば正社員という働き方を捨てて…

精魂尽きるまで仕事に全精力を注がなくてもよいという件

この国の労働者、特に正社員は仕事に全精力を注ぎ込むことが当たり前だとされている。プライヴェートを犠牲にすることも厭わない態度が要求される。 自分の仕事を終えても付き合い残業をさせられたり、意味のない長時間の会議に出なければならない。 極言す…

経営者の説く労働観を鵜呑みにしてはならない件

名経営者と呼ばれる人たちの人生論・労働論は今も昔も花盛りである。 一代で会社を発展させた経営者の言葉には重みがあるのは確かである。 資本主義体制下において会社を大きくして莫大な利益を得るということは「正義」なのである。 ただし、経営者の説く労…

自己啓発や能力開発ばかりしていては辛くなる件

僕たちが働くうえで決められたことだけをしていては評価されない。たとえマニュアル通りの単純作業であっても創意工夫を求められる。営業にしても事務系の仕事にしても接客の仕事にしても、それぞれ自己啓発や能力開発を強いられる。 仕事の遂行能力を高める…

「不良社員」万々歳である件〈再掲〉

勤めている会社に従順になりすぎるのはあまりにも面白くない。 時には反抗し、自分の意志を表に出すことをしてもよいはずである。 従順ならざる者は排除される危険性があるが、同時に畏敬の念をもたれることもある。 初出 2015/9/10 僕は雇われて働くことが…

ダメ社員=ダメ人間ではない件

多くの人たちは自分が職場で評価されなかったり「できない人」扱いされると、自分自身の人としての価値を貶められたと感じてしまう。 仕事のできない奴は人として最低だとされてしまうのである。仕事での評価=人としての価値だと錯覚してしまうのだ。新卒の…

「即戦力」なんかにならなくてもよい件〈再掲〉

「即戦力」となりうるスキルや知識を持つに越したことはない。 特に転職をする際には大きな武器になる。 ただし陳腐化しないようによくよく注意しなければならない。 初出 2015/9/15 昨今は新卒者の採用においても「即戦力」を求める傾向にある。この場合の…

僕はサラリーマンが嫌いである件〈再掲〉

こんなタイトルにしてしまったが、僕は世のサラリーマンに敬意を払っている。僕はサラリーマン根性的なメンタリティが嫌いなのである。 ひとつの会社の掟に縛られた生き方にどうしても否定的になる。 初出 2015/9/8 僕はサラリーマンという人種が嫌いである…

「やりがいの搾取」なしには介護労働は成り立たない件〈再掲〉

介護施設での虐待が度々メディァを騒がせる。 施設職員の個人の資質にも問題はあるだろうが、根本的な問題として労働環境の劣悪さがある。 ケアワーカーの個人的な頑張りに頼りすぎの現状が続けば間違いなく介護の現場は崩壊する。 初出 2015/9/1 僕は幾度も…

キレイごとを抜きにしてリアルな介護の仕事について語ってみる件〈再掲〉

僕は現在介護の仕事から離れている。 再び介護業界に戻るかは全く分からない。 あまりにも介護業界には問題が多すぎる。 初出 2015/8/4 僕は幾つかの介護施設、有料老人ホーム、デイサービス、グループホームで介護職を経験してきた。今も非正規のパートでデ…

会社に過剰に適応することは危険だという件

僕たちは生まれてからずっと自分が置かれた環境に適応することを求められる。 幼稚園や保育所、学校でもそれぞれルールがあり、先生や他の生徒との関係を築かなければならない。働き始めてからは尚更に会社等の組織に「適応」しなければならない。 一部の人…

「できる人」であり続けるのは疲れてしまう件〈再掲〉

ある一定のレベルを維持し続けることは難しい。どのような領域においても。 ずっと走り続ける人生は果たして幸せなのだろうか。 初出 2015/8/18 勤め人であってもフリーランスであっても、「できる人」と見られたいと誰もが望むはずだ。 「できる人」と見ら…

勤労意欲の低い人はどうやってシノぐのが良いのかという件〈再掲〉

僕は勤労意欲に溢れた人を羨ましく思っている。 基本的には人は生きていくためには何らかの形で働かなければならない。 勤労意欲が低いということは致命傷になりかねない。 初出 2015/8/11 僕は昔から勤労意欲が低い人間だった。 大学時代は必要に迫られたと…

人は自分よりも劣る人を取り立てる件

僕は常々疑問に感じていたことがある。 それは会社の社長が独裁体制を敷き、そのことによって経営が左前になっているときに幹部は何をしていたのだろうと。確かに独裁的な経営者に異を唱えるとクビを切られることもある。左遷されることもある。しかし、筋の…

社会人=会社で働いている人ではない件

僕もそうだがわりと無造作に「社会人」という語を用いてしまう。深くは考えずに、ただ単に学校を卒業して働いている人を社会人としてカテゴライズしている。 ちょっと考えてみると、働いている人だけを社会人とするのはおかしいことだ。 子どもだろうとお年…

「労働」は「麻薬」のようなものである件

労働(特に雇われて働く)の本質は、労働者が自分の時間とスキルを会社に提供し、その対価として賃金を得るものだ。労働契約に基づいた契約関係に過ぎない。会社の利益追求のための道具・駒に過ぎない。労働者は常に搾取され、再生産に要する費用として賃金…

世の中のほとんどの仕事は「誰にでもできる仕事」だという件〈再掲〉

人並みはずれた才能や資質を必要とする仕事はごく一部に過ぎない。 ほとんどの仕事は誰にでもできるものである。 つまり代替可能なのだ。 仕事に命をかけることもないし、人生のすべてをつぎ込むことなどない。 初出 2015/7/14 僕は幾度もこのブログで非正規…

安定を捨てると先が見えてくる件〈再掲〉

多くの人たちは生活の安定を求めている。 しかし安定とは幻想に過ぎない。 諸行無常なのだ。 初出 2015/7/2 僕たちは常に何らかの不安を抱えながら生きている。 病気になったら、会社が潰れたら、老後はどうなるか、などなど考え出したらキリがない。 これら…

当たり前の話だけれども、人には向き不向きがあるという件

僕たちは仕事でミスをすると落ち込むし、自分に能力がないのではないかと自分自身を責めがちである。 人はある仕事に就いてしまうと(ある会社に属すると)、自分の働いている領域が自分の全世界であるように錯覚してしまう。その「世界」の中で自分の力が発…

「ゆるい生き方」や「ゆるい働き方」をもっと認めろという件

一旦会社や組織に属すると、自分の私生活を差し置いても会社に尽くすという働き方が「善」とされてきた。今もこの考え方は随所に生きている。 仕事を最優先する生き方が真っ当であり、普通であるとの考え方も未だにこの社会に根付いている。 僕もかつては仕…

「ウチの会社(部署)で頑張ればどこでも通用する」は真っ赤な噓という件

人は誰しも今自分が置かれている状況を正当化したいものだ。特に仕事に関してはその傾向が強くなる。ブラック企業で働いている人たちが全員辞めないのは、転職に不安がある、生活ができなくなるといった理由であろうが、その会社での自分の頑張りがただの無…

風邪をひいても休めない職場は異常である件

仕事を休むことに罪悪感を抱く人は多いと思われる。多少の風邪や下痢程度では休んではならないと考えている人たちが多数派なのではないだろうか。ましてや遊ぶ目的で有給休暇を取るなんて論外だと思っている人もいるだろう。 特に僕より上の世代に休むことを…

転職の面接で「部長ならできます」という答えはおかしくはない件

中高年の求職者を揶揄する小噺として、就職面接の場で「部長ならできます」と答えた人がいたというものがある。市場の評価に耐えうる自分のスキルをアピールできない哀れな中高年者を嘲笑する悪意が潜んでいる。 そこには自身のスキルを例えば経理なら決算ま…

「忙しすぎて働いているヒマなどない」。これは名言である件〈再掲〉

働いているヒマなどないほど忙しい。 なかなかに素敵な生き方だと思う。 働くことにほぼすべての時間を費やす人生は本当に楽しいのだろうか。 働くこと=人生だと僕は思わない。 初出 2015/6/8 「忙しすぎて働いているヒマなんてありません」。 これは会社に…

「ひとりビジネス」をしたいと強く思っている件〈再掲〉

僕は雇われて働くことが苦痛でたまらない。 しかし、生きていくためには何らかの仕事をして稼がなければならない。 理想としてはひとりで気軽に動けるフリーランスがいい。 ただ、現実はなかなかに厳しいものがある。 初出 2015/5/28 僕は雇われて働くことが…

そこそこできる人は意外と辛い件

僕はサラリーマンとしては決して優秀ではなかった。常に「雇われて働く」ということに疑問を感じていたし、組織の論理に絡め取られないように常に意識をしていた。こなした仕事の質については上司や同僚からクレームはなかったが、定時退社を極力心がけてい…

働き過ぎで身体を壊すなんてバカげている件〈再掲〉

まともな生活を営むための労働で身体を壊すなんて絶対におかしい。 そもそも働きすぎることを強いられること自体が異常である。 初出 2015/4/30 当たり前の話だが、僕たちは生活を成り立たせるために、あるいはより余裕のある生活を営むために働いている。 …

「指示待ち人間」で十分だという件〈再掲〉

会社をはじめとする組織では与えられた仕事をしているだけではだめだということがよく言われる。 かと言って突出してもいけない。 労働強化を避けるためにも指示待ち人間に徹することも一考の余地がある。 初出 2015/4/24 「意識の高い」人は指示をされる前…

「仕事ができる」ことだけが人の判断基準ではない件

僕はたびたびこのブログで労働至上主義的な風潮に異議を唱えてきた。仕事だけが人生じゃないとも述べてきた。 それらに関連して「仕事ができる」か否かだけを人の判断基準にする風潮にも疑問を感じている。 確かに仕事はできた方が良いに決まっている。仕事…

中高年フリーターが悲惨だとは限らない件

数日前のネット記事で中高年フリーターの悲惨さが取り上げられていた。ヤフーのトップニュースにも挙がっていたので読んだ人たちも多いと思われる。 その記事の内容については僕としては取り立てて批判する点はなく概ね同意できるのだが、ちょっとだけ引っ掛…

「仕事一筋」はそんなに立派なことかという件

この国では「仕事一筋」に生きてきた人を賞賛する傾向がある。この手の人たちをメインにしたドキュメンタリー番組やノンフィクションの本が多く世に出ている。多くの需要があるのだ。 僕は天邪鬼である。ひねくれ者である。 「仕事一筋」ということは、仕事…

「労働」と「自由」は決して相容れることがない件〈再掲〉

雇われて働くということは、自分の時間を切り売りしていることに他ならない。自由を犠牲にしているともいえる。 労働の本質から目を背けた仕事論や働き方論では気休めにしかならない。 初出 2015/4/6 「労働すれば自由になる」。 これはアウシュビッツ収容所…

僕は「費用対効果」という言葉が嫌いである件

僕は「費用対効果」「コストパフォーマンス」という言葉がどうも好きにはなれない。 コストパフォーマンスという考え方自体は大切なことだとは思う。少ない労力で大きな成果を得られればこれに越したことはない。 例えば行政が関わる事業である領域について…

就職・転職活動のときに労働条件を確認するのは当たり前という件

真偽の程は定かではないが、就職試験の際に労働時間や賃金、残業時間等の労働条件を聞くような人は採用しないという言説が流布している。 特に新規学卒者の就活においてよく語られている。労働条件を聞くような学生は意欲を疑われるらしい。会社としては労働…

重大な雇用問題は中高年の人たちの働く場の確保だという件

転職35歳限界説というものがある。 35歳を過ぎてからの転職は待遇が悪くなるし、そもそも転職自体が難しくなるという説だ。 だからこの説が正しいということになると、ある程度の年齢に達したら今いる会社にしがみつくしかなくなることになる。しかしそこは…

「即戦力」なんかにならなくてもよい件

昨今は新卒者の採用においても「即戦力」を求める傾向にある。この場合の即戦力は会社の教育・研修を最小限に止めて、短期間で現場の戦力にするという意である。 大学や高校でも会社側のこの利己的な要望に応えようとあれこれ対策を講じている。 グローバル…