希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

僕はいつも「このままでは終わらない」と思っている件

僕はダメ人間である。

意識が低い人間でもある。

でも心の奥底では「このままじゃ終わらない」と密かに思っている。

 

何も世界征服を企んでいる訳ではない(当たり前か)。

起業してリッチになろうとか、何かの分野でメディアに取り上げられて時の人になろうとか、そんな邪な野望を持っている訳ではない。

今より少しは懐が暖かくなり、かつ自分のペースで仕事ができれば良い、というささやかな希望を持っているだけだ。

 

僕のダメさ加減は歳を取るごとに酷くなっている。数年前まではフルタイムで働く意欲があったのだが、今はとてもじゃないがフルタイムの労働なんて苦行そのものだ。

人付き合いも悪くなっている。以前は人と会うのが楽しみで、すすんで色々な人に会おうとしていたし、気の合う仲間と会うために労を惜しまなかった。それが今は人と会うのが面倒くさくなったのだ。人嫌いになったという訳ではない。中島義道氏のように人嫌いを徹底すれば立派なものだと思うが、僕にはそこまでの勇気はない。

何だかんだ言って僕は人が好きなのである。

 

こんなダメさ加減満開の僕が「このままじゃ終わらん」と考えているのは噴飯ものかもしれない。

でも僕だってにんげんだもの。

少しばかりの向上心は持ち続けている。

人として成長したいと思っている。

教養を身に付けたいと願っている。

世の中を変えるような働きをしてみたいと希望している。ほんのちっぽけな存在だけれども。

 

僕は今の自分に不満を持ってはいない。等身大の自分らしき生き方をしている。ダメ人間なりに矜持や誇りを持っているつもりだ。

しかしそれらが他者に伝わらない。

人から見れば僕は単なる怠け者であり、社会からの落伍者である。

それはそれで構わないのだが、ちょっとだけ淋しい。

僕だってにんげんだもの。

ちょっとは存在を認められたい。

 

そうか、僕は「ちょっとだけ存在を認められたい」のだな。これが僕が生きる原動力になっている、と書き進めながら気付いた。

飽きもせずにこのブログを続けてきたのもそういった理由からだ、きっと。

 

僕はこのまま終わってしまうかもしれない(その可能性のほうが高い)。それならそれでその結果を受け容れよう。このまま終わっても、僕は結構楽しい人生を送ってきたと思っている。

でも、ちょっとだけ贅沢を言わせて欲しい。

僕は「このままでは終わらない」と思い続けることをどうか笑わないで欲しい、許して欲しい。