希望の舎―再生編ー

ライフサポーター&開運アドバイザーが書き綴るブログです。「あなたの心に灯をともす」ため、先人が伝承し語り継いできた叡智を伝えます。テーマは歴史/教育/宇宙論/仕事/居場所/心と体の癒し/健康法/開運法/医療人類学/民俗学/文化人類学/食養生法/少食/自然医学/甲田療法/中村天風/斎藤一人/エドガー・ケイシー/生きづらさ/シャーマニズム

苦手なことや嫌いなことはやらなくてもいい

私は給食には悪い思い出しかありません。

子どもの頃の私は好き嫌いが結構あって(今も偏食気味ですが)給食が嫌で仕方がなかったのです。

当時は圧倒的に「残すことは悪いこと」や好き嫌いをしてはいけない」といった考え方がまかり通っていて、ほとんどの教師はすべて食べ終わるまで生徒を残していたのです。

私はこの悪しき風潮のおかげで小学校5年生のときに不登校になりました(当時は登校拒否と言っていました)。

おかげさまで、私は学校や先生に対しての「幻想」や「思い込み」から脱することができました。今にして思えばとてもいい経験ができたなと。

昨今の、特に新型コロナ騒動以降においてはある程度は個人の好き嫌いを表に出してもいい、という考え方が広がってきているように感じています。

からしてみればまだまだだと感じていますが、でも、歪な根性論が減ってきたというのは喜ばしいことです。

 

私が勤め人をしていた頃は、「石の上にも三年」という価値観がまかり通っていました。

好きでもない、つまらないと感じるような仕事でも我慢して無理してでも楽しみや面白さをみつけよ、と先輩や上司から何度も言われました。

 

好きなことだから、努力もし頑張れる。

好きなことなら、傍から見てしんどそうで大変そうでも、本人にとってはそうではなくて楽しく感じていたりします。

好きなことなら、我慢ができるし、本人は我慢とすら感じないことも多いものです。

最近のスポーツ界を見渡しても、結果を出し続けているチームや個人はその競技を心から楽しんでいて、練習も合理的でかつ楽しさを採り入れています。

昭和の体育会的なシゴキや根性論は影を潜めていて、今どきそのような体質が残っているチームは見事に凋落しています。

 

嫌なことはいくら頑張っても上達しませんし、結果も出ません。

嫌なものはいつまでたっても嫌のままです。

こんなことわざわざ言わなくても至極当然のことですよね。

この当然のことが常識として世に広まる日は近いと信じています。

そうなれば、もっと風通しの良い、生きやすい社会になると思っています。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

あなたにすべての善きことが雪崩のごとく起きます。

 

 

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