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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

正社員で定年まで働き続けるメリットなんてたかがしれているという件〈再掲〉

働くということ 社会について考えてみる

正社員として長期間ひとつの会社で働き続けるメリットってそんなに大きいものだろうか。単なる思い込みに過ぎないのではないか。

「安定」なんて幻想に過ぎないのに、それにしがみついているだけなのではないか、と天邪鬼の僕はそう思っている。

 

初出 2016/6/30

 

終身雇用制が壊れてきた、という言説がまことしやかに囁かれはじめて久しい。もう会社は社員の雇用保障をしなくなるとも言われてきた。これは半分本当で半分は嘘である。

会社にとって有用とみなされた人たち、真の幹部候補の人たちはこれからも会社は手放さない。それ以外のその他大勢の社員については使い勝手が悪くなったら、つまり人件費が高くなったらあれやこれやと難癖をつけてクビを切るだろう。会社の論理としては当然のことである。

 

会社の経営幹部になれなかったその他大勢の社員になってしまったとしてもちょっと昔までは定年まで雇われてそこそこの生活レベルを維持できていた。終身雇用にプラスして年功的な処遇がそれを可能にしていたのである。定年まで働き続けるメリットが確かにあったのである。

 

未だにそこそこの規模の会社に定年まで勤め続けることが良い、という考え方は根強く残っている。どのような働き方をするか、スペシャリストかゼネラリストか、によって変わってくるが特にゼネラリスト的な働き方をしている場合は定年まで会社にしがみつく方がメリットがあるように思われる。子どもの教育費を捻出しなければならないし、持ち家をローンで買うには長期の雇用が見込まれなければならない。

以前よりましになったとはいえ、転職にはリスクが伴う。ましてや起業するなんてギャンブルのようなものだ。となると何だかんだ言っても会社にしがみついた方が良いとなってくる。

 

僕は絵に描いたようなライフスタイル、正社員として勤めて結婚して子を育て持ち家を購入して定年後は老後生活を楽しむ、といったものを否定しない。それはそれで立派なことだし、本人が納得し充実感を得たとするならばそれで結構である。僕より上の世代、あるいは僕と同世代の人たちにとって、上述のライフスタイルは至って普通のものであった。しかし、ロストジェネレーション以降の若い世代にとっては「贅沢」なものになりつつある。

 

定年までひとつの会社で働き続けるということは、意地悪な言い方をすれば会社に飼われるということだ。特にサラリーマン根性に骨の髄まで浸かったメンタリティを持ってしまった人たちはそう言える。

会社ありきでしか物事を考えられなくなるとそれこそドツボに嵌ってしまっている。もし、会社が倒産したら、倒産はしなくてもクビ切りに遭ったらどうするのだろうか、と他人事ながら心配になってくる。

 

正社員として定年まで働き続けることのメリットとは何だろう。

長期のローンを組める、幾ばくかの退職金を得ることができる、厚生年金がそこそこもらえる、役職に就けたなら周囲に自慢できる、世間体が良い、といった程度のものである。要するちょっとだけ経済的に余裕のある生活が営めるかもしれない、というだけのことである。数十年もの間自分を押し殺して働き続けて得られるものがその程度のものである。このことをどう評価するかは人それぞれの価値観によるので一概に良い悪いとの決めつけはできない。でも僕からするとあまりコストパフォーマンスが良いとは思えない。いや、コストパフォーマンスなんてあまり重要ではない。

会社に飼い慣らされることによって大切なものを失うことこそが大問題なのである。それは「自由」であり、自分の「信念」であり「気概」であり「自律性」であり、といった精神的なものである。

そんな「精神的」なものよりカネが大切だと言う人たちもいるだろう。

所詮は世の中はカネ次第だと嘯く人たちもいるだろう。

確かに一面の真理ではあるが、僕は抗いたい。