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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

クライエントは「神様」ではない件

先日社員をうつ病にしてクビを切るといった主旨のブログを公開していた社労士が処分された。

元社労士としては他人事ではない。

その社労士を擁護する気はさらさらないが、グレーな領域に首を突っ込んでまでも稼がなければならない状況にあることについては同情の余地がある。

 

僕が社労士をしている時にも「問題社員」の処遇についての相談をよく受けていた。僕はリストラや首切りを専門にしていなかったのだが、そんな僕にでさえも首切り指南の相談がいくつも舞い込んできたのである。

実は僕も廃業前の頃はリストラ・首切りに特化しようと考えたことがある。そのための勉強や研究も続けていた。従来の労働保険・社会保険の手続代行や就業規則の作成や労働条件の相談等の「町の法律屋」「町の人事労務屋」的な仕事のやり方だけでは立ち行かなくなってきたからだ。一見牧歌的で地味な仕事ではなかなか評価されにくくなっていたのである。明らかに目に見える成果を出さなければ、即契約を切られる傾向になってきたのである。

結局、僕はリストラ屋になることはせずに廃業の道を選んだ。何も僕の倫理観が優れていたからではない。面倒くさくなってやめただけだ。あの当時、もう少し気力があれば(それとゼニに余裕があれば)もしかすると僕はバリバリの社員の首切り専門家になっていた可能性がある。

 

問題となった社労士以外にも社長の意を汲んで社員の首切りに加担している社労士は多いと思う。すべての社労士が進んでそのような仕事をしているとは思いたくない。稼ぐために意に反した仕事を請けている社労士も多くいるはずだ。

高邁な理想や理念だけでは飯は食えないのだ。

 

いわゆるブラック社労士、ブラック弁護士が跋扈する理由は幾つかあるけれども、主な理由としてどのようなクライエントの依頼にも応えてこそプロであるという言説がまかり通っていることがあると思う。

違法行為スレスレの依頼、理不尽な依頼、相手の尊厳を損なうような依頼であっても、クライエントの希望を叶えてこそプロだという風潮が蔓延している。また、そのような「プロ」を賞賛するような小説・漫画・ドラマ等が流行ったりもしている。

職業倫理よりもクライエントの利益を優先することがプロの仕事だとでも言いだけに。

 

確かに商売人にとって「お客様は神様」である。顧客満足度を高めるための努力はしなければならない。

社労士のような専門家・士業においてもクライエントの要望に応え、顧客満足度を上げなければならない。そうしないと新規の顧客やリピーターの獲得は覚束ない。

たとえ違法スレスレの行為であっても、道徳的に問題があるような依頼であっても、理不尽極まりない依頼であってもクライエントの利益を優先させないと仕事がなくなるという不安に苛まれながら仕事を続けることになる。

 

弁護士や税理士、司法書士、社労士等は業務独占を認められている国家資格である。規制に守られている業種である。業務独占による弊害や既得権についての批判もあるが、すべてを規制緩和して問題が解決するわけでもない。

現状は国家資格取得者による業務独占が認められているわけだから、その優越性を利用してカネ儲けのみに走ることは許されない。

どの職種でも職業倫理や理念をないがしろにしてはならない。クライエントの利益を守ることを錦の御旗にして、何をしても許されるわけではない。

 

せめて国家資格を取得した専門家には、経済至上主義的イデオロギーに抗って欲しい。

これはただの青臭い理想論に過ぎないのだろうか。