希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

耳ざわりのよい言葉に気をつけろ、という件

世の中には耳ざわりのよいフワフワとした言葉が溢れかえっている。

「夢を追いかけよう」

「絆を大切にしよう」

「人はみな無限の可能性を秘めている」

「貴方の笑顔が私を幸せにする」

・・ちょっと前に話題となった「ポエム」のオンパレードである。

最近では何と言っても、安倍ちゃんの「一億総活躍社会」である。

 

僕たちは捉えどころのない、けれども何か大切なメッセージを秘めたかに見える小奇麗な言葉に心惹かれることが多々あることは否定できない。

戦時中、特に終戦間際の当時はやたらと勇ましい、けれども空疎なスローガンがこれでもかという程に垂れ流されていた。

人々は窮地に追い込まれると、現実逃避のために内容の薄い言葉に踊らされるという大衆心理が働くことになる。

 

この耳ざわりのよい言葉は労働・雇用の領域でも頻繁に見られる。

「お客様の笑顔が私たちのやりがいです」的な言説が幅を利かせている。特にブラック企業と言われる会社には大なり小なり、この手の言葉がついて回る。

労働者は小奇麗なスローガンの下、劣悪な労働条件で働かされて、搾取され続けるのだ。

労働生産性を上げるためには、まずは働く者の待遇を良くするべきだという発想を経営側は持たなければならないのだが、その方向には行かずにさらなる労働者に対する搾取に向かう。

しかし、さすがに表立って労働者から搾り取るとは言えないので、フワフワしたポエム的な言葉を用いて労働者の労働強化を図るのである。

会社や経営者側は決してポエム的なスローガンの内容を実現しようとは考えてはいない。労働者の幸福の実現なんてどうでもよいというのが本音である。ただ会社の儲けのために脇目も振らずに働け、という本心を隠して、耳ざわりの良いスローガンで労働者を何とかして酷使しようとしている。

 

政治家が耳ざわりのよい言葉やスローガンを発するようになったときには心しておく必要がある。

現実から乖離した空疎なスローガンを多発するような輩を信用してはならない。

その手の輩、特に権力者は庶民が真に望むことを歯牙にもかけず、自己陶酔的な政治理念もどきを庶民に強要することしか考えていないと捉えるべきである。

まさに今のこの国の支配者たちのことである。

 

僕たちは耳ざわりのよい言葉を真に受けずに、一歩引いて冷静に判断しなければならない。

それらの言葉の裏に隠された真意をしっかりと炙り出して、リアリティのある言葉に置き換えなければならない。

 

巷に溢れかえっている耳ざわりのよい空疎な言葉に対峙できる力、それは庶民の持つリアリズムである。