希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「就活」がうまくいかなくても何とかなるという件

新卒時の就活に失敗すると人生が詰んでしまうという極端な暴論が広まっている。

新卒時に正社員として雇用されないと、以後はずっと非正規雇用フリーターとなり、生涯賃金に大きな格差が生じるという。一生浮かばれないとの強迫観念に捉われる。

典型的な「フリーター悪玉論」である。

 

新卒段階で意に反した就職をしたり、あるいは正社員として採用されずに非正規雇用になったとしてもまだまだチャンスは残っている。

確かにごく一部の超有名企業のように新卒採用で充足する(あるいは僅かな中途採用で充足)ケースもあるが、知名度の低い大企業や中堅・中小企業では既卒者にも門戸は開かれている。フリーターから正社員として採用される会社も多く存在する。

30代の男性に限れば、雇用者の内9割は正社員である。もっとも女性の正社員率が低いのは問題である。つまり、新卒時に就活に失敗しても、「敗者復活戦」はあるのだ。多くの人たちは中堅・中小企業で働くことにはなるのだが、会社の規模が小さいからといって大企業に劣っているとは限らない。大企業に匹敵する待遇の中堅中小企業もあるし、たとえ待遇が劣っていても働きやすい職場であることも多い。

要はある人にとって楽しくてストレスが少ない働き方ができる、自分に合った職場であれば良いのである。有名企業に勤めていて、会社名を聞くと相手が感心することに喜びを感じるなどというのは単なる虚栄心や自己満足に過ぎない。自分がどこに勤めて、どのような仕事をしているのかは、ぜいたく品のブランドのごとく扱う筋合いのものではない。

 

また、正社員(総合職的な)という働き方のみが正しいものではない。待遇がもっと上がればという条件はつくがフリーター的な働き方や限定正社員という働き方ももっと認められてもよいと思う。その人の人生観や労働観その他の価値観に応じて働き方を選択できれば、色々な形の幸せが生まれ、豊かな生活を営むことができるようになる。例えば5年間はみっちりと働いて、1年間は自分の好きなことをして過ごし、また仕事の場に戻るという風に。

 

話が少し逸れてしまった。

これまで述べてきたように、新卒時の就活がうまくいかなくても、いくらでも取り返すことができるのだ。

就活など人生のほんの一コマに過ぎない。

たとえ、就活に成功して有名企業に総合職で採用されたとしても、そのことが人生の幸福をもたらすという保障はない。

人の一生においては実に様々な出来事に遭遇する。

良いこともあれば悪いこともある。

喜びもあれば悲しみもある。

人はいつか必ず死を迎える。人生トータルで満足できるものであれば良いのではないか。

 

新卒時の就活で一生が決まるという偏狭なものの見方を今一度見直すことも大切だと、僕は思う。