希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

人はすべて二種類に分けられるという俗論に乗っかってみる件

世の中には二種類の人間しかいないという言い方がよくなされる。本当はそんなはずはなくて、話のネタとして用いられているだけだと思う。

けれどこの極端な人間分類法は結構面白い。

世の中にはモテる人間とモテない人間しかいない。

世の中には支配する人と支配される人しかいない。

世の中には稼ぐ人と稼げない人しかいない。

・・などなど話を展開させるには好都合なネタふりになる。

 

僕も粗く人間を二つに分類してみよう。

それは、世の中には働いていないとダメな人と、働かなくても平気な人の二種類の人間がいるというものだ。

僕は間違いなく「働かなくても平気」な人間である。わずかばかりの生活費と本を買うためのお金が必要だから仕事をしているだけだ。

もし、宝くじか何かが当たって大金を手にしたら速攻で仕事を辞めるだろう。そして、毎日ブログを書き、本を好きなだけ読み、喫茶店巡りや古本屋巡りを楽しむ日々を過ごす。ただ毎日が休みだと暇を持て余すかもしれないので、社会活動に参加して無報酬で何事かをするとは思う。

  

宝くじと言えば、先日あるテレビ番組のインタビューで、宝くじに当たって大金を手にしたら仕事を辞めますかという質問をしていた。細かい数字は忘れたが半数以上は仕事を続けるという答えだったと記憶している。

このインタビューに答えた人の中に「働かないと堕落する」という趣旨のものがあった。おそらく最大公約数的な答えだったのだろう。キャスターもこの答えに肯定的な反応をしていた。

僕はこのインタビューに大いに違和感を覚えた。

まずはテレビカメラを向けられたら、「即仕事は辞めて、遊び暮らします」なんて言えない。そんな答えをしているところを友人・知人、ご近所さんに知られたら、「あいつは怠け者で、どうしようもない奴」だと言われかねない。

そして働かないと堕落する的な答えを期待するテレビ局(あるいは「世間」)の姿勢である。

個人的に働かない者は堕落すると答えるのは良い。人それぞれに様々な価値観がある。その人は「働いていないとダメな人」に当てはまるだけである。

働いていても堕落している人は沢山いるし、働いていなくても矜持を持って生きている人たちも沢山いる。

 

今の世の中は(リタイアした人は除いて)「まともに」働いていないとダメな人間だとの圧力が強い。

僕のような働かなくても平気な人間には生きづらい社会である。

あるいは働いていないとダメな人たちも、社会の同調圧力によってそう思い込んでいるだけかもしれない。

もし、働いていても働いていなくても、それは個人の自由であり、社会に迷惑をかけない限り働かない人たちを許容する社会であれば、僕みたいなダメ人間でも生きやすくなる。

 

仕事をリタイアした後に自由を満喫すれば良いとよく言われる。それは仕事人間の論理であると僕は考えている。仕事ありきで物事を考えている。

僕は「今」少しでも自由が欲しいのだ。

人はいつ死を迎えるかは分からない。

好きなことをしたい、やりたいことをやりたいだけなのだ。引き換えに結婚や子どもを持つこと、持ち家を持つことを諦めている。

 

たとえ怠け者、ダメ人間だと謗られようとも、僕は僕の決めた生き方を貫き通したいと思っている。