希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

会社や学校をサボることは楽しいという件〈再掲〉

授業をサボったり、仕事をサボることには背徳感がつきまとう。 たかだかサボるだけのことなのに、なぜ後ろめたさを感じるのだろうか。 僕たちは幼少の頃からサボらないこと、真面目であることを強要される。 この同調圧力から少しでも逃れるためにはたまにサ…

ヒマ人的生き方は楽しいという件

僕はここ数年「ヒマ人的生き方」を満喫している。 当然に懐具合は寂しいけれども、まあ何とかやりくりして生活している。 毎日馬車馬のように働いてカネを稼ぎ、消費生活を送るなんていう生活にはもう耐えられない。 以前にこのブログで書いたことだが、僕は…

「セカンド・チャンス」が許されない社会は閉塞感に覆われるという件

僕たちが生きているこの社会はなかなかに「やり直し」がきかない社会である。 「セカンド・チャンス」をものにすることが難しく、そもそも「セカンド・チャンス」の機会すら与えられない場合が多い。 どんな人でも生きていれば様々な障壁にぶつかる。 思うよ…

「働くことの喜び」なんて本当にあるのか、という件〈再掲〉

「働けるだけでうれしい」と言う人が結構いる。 これはこれで正しいことであってとやかく言う筋合いのものではない。 「労働」の持つ本質的なものから目を背けているだけだと、言うのは容易い。 「働くこと」は多義的なものなのである。 初出 2017/7/18 僕は…

死ぬほど働いても、それは無意味だという件

僕が一番嫌だなぁと思う死に方は過労死である。 働きすぎで死ぬなんて考えただけでもゾッとする。 人は生きる糧を得るために働くのであって、働きすぎて命を奪われるなんて本末転倒である。 自分の生命や心身の健康さらには尊厳と引き換えに会社の利益を増大…

人事の社員や上司に「人を見る目」なんてないという件

就職活動や転職活動をしていて不採用ばかりが続くと、自分という存在を否定されたような気になってしまう。特に新卒の就活の場合においては職歴を持たないが故に「人間性」を試された感じになってしまいその傾向が強まる。 僕のように世間ずれした人間からす…

ダメ人間だと自覚すればするほどワクワクしてくるという件〈再掲〉

僕は自他ともに認めるダメ人間である。以前はダメ人間呼ばわりされると怒り、傷ついたのだが今はどうってことはない。 ダメ人間にはダメ人間なりの矜持がある。それだけは忘れないでおきたい。 初出 2017/7/6 僕はダメ人間だと自覚している。このブログでも…

誰かから頼られてこそ人は成長するという件

僕は「自己実現」であるとか「成長」という言葉があまり好きではない。 そこには何やら胡散臭さを感じるからだ。 自己実現とか成長というものが、仕事に限定したものであったり、自己利益の極大化しか念頭に置いていないものだと感じられるからである。 人は…

今年も生き延びることができたことに感謝、という件

僕みたいなオッサンになると年の瀬を迎えても特段の感慨はない。 ああ、また歳を取るな、と言った程度のものである。 新年を迎えてこういう年にしたいという思いもあまりない。 とはいえ、新年を迎えるということになると、ちょっとだけ気が引き締まる思いが…

道徳教育や心の教育をという掛け声にどこか胡散臭さを感じるという件

人は社会的な生き物である。 人はひとりでは生きていけず、様々な人と関わり合いながらどうにかこうにか生きていける。 当たり前のことである。 人が共同体の中で暮らしていくためには様々なルールが必要となってくる。この社会規範として法があり宗教規範が…

「つまらない仕事なんかない」とは経営者のたわ言に過ぎないという件〈再掲〉

どんな仕事も尊いなんてキレイ事である。 社会の底辺を支えている仕事に従事している人たちに皆が敬意を表しているか、という問いに「そうだ」と断言できるのか。 仕事に格差はある、しかしそれは時代とともに変わる相対的なものに過ぎない。 初出 2017/6/29…

「取り越し苦労」なんてしすぎない方が良いという件

この先どうなるかなんて誰にも分からない。 分かり切った話である。 しかしながら、予測がつかない未来のことについてあれこれと考えて「取り越し苦労」をする人が多い。 一方で今の状況が過去の時点においての未来予測の内容と食い違っていることが殆どであ…

「霊が見える人」には温かく接しようという件

僕は心霊やUFOといったオカルトものがあまり好きではない。若い頃は結構好きでオカルト関連の書籍やテレビ番組をよく読んだり観たりしていた。特に精神的に不安定な時期はオカルトにすがっていたような気がする。 メディアにはよく霊能者を自称する人が登場…

「正しい生き方」なんてこの世には存在しないという件〈再掲〉

高校や大学を出てすぐに正社員として勤め、結婚し、持ち家を所有し、老後は年金で悠々自適、という生き方がモデルケースになったのはそう遠い昔の話ではない。 均質的で画一的な生き方を強いられる社会は健全ではない。 初出 2017/6/20 人の生き方は千差万別…

「ズル休み」をすることは楽しいという件

この社会では「休む」ことに対して寛容ではない。多少の体調不良では無理してでも学校や会社に行くことが当たり前のことになっている。ましてや「ズル休み」となれば、そんなことをしてしまいバレてしまったら極悪人の扱いを受けてしまう。一日や二日ズル休…

人手不足の会社は自業自得である、という件

人手不足に陥って事業の継続に支障をきたしている会社が多いという報道が散見される。 アベノミクスを賞賛する人たちは好景気の証だと吹聴している。実質賃金が上昇していない事実をどう見ているのだろうか。 労働力人口の減少による不可避な現象だとも言わ…

弱者の救済は強者による「恩恵」であってはならないという件〈再掲〉

未だに社会福祉や生活保護は政府による恩恵的施策だと思い込んでいる人が多くいる。 社会的弱者が権利を主張すると「弱者権利」を盾にした横暴だと言いたがる輩もいる。 人が人に値する生活を希求するのは普遍的な「権利」である。 初出 2017/6/15 先進国で…

会社に雇われて働くことが当然であるという「常識」を問い直すという件

僕たちはある「システム」や「ルール」に後れて参加していて、それを自明のものとしている。 「会社に雇われて働く」ということが初期設定になってしまっている社会において、そのことを疑いもせずに当然のものとして受け入れているのだ。 確かに現況は何ら…

「ビジネス・マインド」は限定的にしか通用しないという件

最近はあまり耳にしなくなったが、一時期「民間活力」の導入が殊更に取りざたされていた。民間にできることはすべて民間企業でやるべきだという言説だ。構造改革のキモである。 民間活力とはつまりはどんな事業もビジネス・マインドをもってあたることである…

すぐに役立つ知識は実はすぐに役に立たなくなるという件〈再掲〉

高等教育において「職業教育」「実学」を重視せよとの言説は正しいようでそうではない。仕事に必要な知識やスキルは実際に働いているうちに身に付ければよいのではないかと思う。即戦力的人材は賞味期間が限られている。 初出 2017/6/8 僕は社労士事務所を営…

「ニート」や「ひきこもり」はこの社会が変わりつつあることの表象だという件

ニートやひきこもりとなる人たちが増加していることは社会問題だと捉える向きがある。 同時に個人の資質の問題だとする言説も多い。コミュニケーション能力の欠如だとか精神疾患によって表れた行動だとする。 いずれにしても現代社会が生んだ社会病理だとい…

「手に職をつける」の本来的な意味について考えてみる件

昔から「手に職」をつけることが有効な生存戦略である、と繰り返し言われ続けている。確かに人には真似できない技能を持っていると食うには困らないように思われる。 ただ、この「手に職をつける」のイメージが最先端の技術や伝統工芸等の技能を習得するとい…

僕は中学時代の記憶が殆ど欠落しているという件

僕は進学塾で中学生を教えているのだけれども、学生から僕の中学生時代のことを聞かれるとはたと困ってしまう。 大ざっぱな記憶、例えば校内暴力が吹き荒れていたこと、校則が厳しかったことなんかは覚えているが、具体的にどのような感じで中学時代を過ごし…

「自己決定」「自己責任」イデオロギーから解き放たれると生きやすくなるという件〈再掲〉

「個の自立」と言えば聞こえはいいが、要するにひとりでこの世に向き合えという強者の論理である。人は古来から共同体を形成し、その中で助け合いながら生きてきた。この様々な共同体を破壊し、拠り所を失ったのが今に生きる僕たちである。 強者の論理が正し…

失敗が許されない社会は閉塞感で一杯になるという件

多くの人たちは成功譚を好む傾向にある。特に成功した経営者の自伝の類は次々と刊行され、ベストセラーとなるものがある。 「失敗学」に関する著書もいくつかあるにはあるけれども、爆発的に流行はしない。僕の個人的な感覚では失敗に関するものの方が圧倒的…

「やればできる」、これは時として人を追い込む言葉であるという件

僕たちは往々にして相手に対して「やればできる」と鼓舞してしまう。 また、誰かから「やればできる」と言われて、解決すべき課題に当たった経験があるだろう。 何らかの課題や障壁にぶち当たり、逡巡している人に「やればできる」といった類の言葉をかける…

誰かに認められようとすることはもうほとんどやめたという件〈再掲〉

誰でも多かれ少なかれ「承認欲求」を持っている。 この承認欲求が肥大化すると行動のコントロールが効かなくなり、精神的に不安定になったりする。また、他人の目ばかりが気になってしまう。 あまりにも承認欲求に忠実になると生きづらくなってしまうことが…

「何も起こらない」「平々凡々な」日常が続くことに幸せを見出せるようになってきたという件

僕の日々の生活は淡々と過ぎていく。 心をときめかすような出会いも皆無であり、深い悩み事もない。 仕事をしない日は自室に閉じこもり、読書をするかラジオを聴くか動画を観て過ごしている。あまり外に出て遊ぶということをしない。せいぜいが行きつけの喫…

一見役に立たない知識こそが実は大切であるという件

僕たちは何のために学ぶのか。 この根源的な問いに対しては明確な答えはない。 功利主義的に答えれば、知識を得ることあるいは学歴を得ることによって経済的な豊かさを獲得するため、ということになる。仕事に役立つ知識を得ることによって他者に比べて優位…

「石の上にも三年」を鵜呑みにしてはならないという件〈再掲〉

この国では忍耐が美徳とされ、根性論や精神論がまかり通っている。 「石の上にも三年」を鵜呑みにすると思考停止に陥ることになる。 初出 2017/5/16 僕はかつて年長者から「石の上にも三年」的な説教をしばしば受けたことがある。その時は釈然としなかった、…