希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「時間を大切に」ではなく「時間をムダにしろ」と言いたい、という件

「時は金なり」。この俚諺は古来より金言とされてきた。 一瞬一瞬のその時を大切にせよ、という言葉はまちがいなく正しい。 一生は限られているのだから、それを無駄にするような時間の使い方をしてはならない、というのも正しい。 ひねくれ者の僕はみんなが…

なぜ会社での仕事がつまらなく感じるのかという件

以前のエントリーでつまらない仕事でもそれを続けていれば役に立つこともあるという趣旨のことを書いた。 それは僕の実体験からのものである。 勤め人の時に、いやいやしていた仕事が後々に自分を助けることになった。なんだかんだあっても食つなぐことがで…

敷かれたレールから外れても、何とか生きていけるという件〈再掲〉

きちんと高校や大学を卒業して、新卒で会社に就職して、家庭を築いて・・といったライフコースから外れても人は生きていける。 「正しい生き方」なんてこの世には存在しない、と考えた方が生き方の選択肢も増えて、生きづらさが軽減される。 初出 2018/10/4 …

経営者はサラリーマンよりも一枚も二枚も上手であるという件

経営者とサラリーマンの違いとは何か。 色々とあるけれども、一言で言ってしまえば「人を使う」か「人に使われているか」の違いである。言挙げすればシンプルなものであるが、両者の間に存在する溝や壁は大きい。 自己啓発系の著書や記事等でサラリーマンの…

世間の標準からズレた生き方をすれば楽しいかもしれないという件

この社会は「みんな」と同じ行動をとれという同調圧力が強い。また幼少時から協調性を獲得することが重んじられる。 そしてさらには「世間」という厄介なものもある。 世間の目というものを強く意識しないと(時には無意識的に)いけない。 僕たちは知らず知ら…

「優秀な学生がいない」という物言いは、会社の驕りであるという件

ここ数年、新卒者の就職活動に関する報道でよく見聞きするのは人事担当者の「優秀な学生がいない」「優秀な学生がわが社に来ない」というコメントである。 僕はこの言い草に強い違和感を覚える。 まず、「優秀な学生」を決める判断基準がおのおのの会社が決…

下り坂をそろそろと下りていこう、という件〈再掲〉

僕はもう人生の折り返し地点を過ぎてしまった。 これからは心身の衰えと折り合っていかなくてはならない。 そのための生き方を模索中だが、イメージしているのは下り坂をゆっくりと下りていくといった感じのものである。 初出 2018/9/27 僕は中年のオッサン…

つまらない仕事でもそこから得られるものがあるかもしれないという件

いつの頃からだろうか。 仕事にやりがいを強く求めたり、自己実現を図るためのものになったり、成長するためのものになったりしたのは。 こんなに豊かでなかった頃は、仕事というものは生活するための手段としてあるものだった。今もそのことには変わりはな…

「やればできる」とは相手を追いつめる言葉であるという件

僕は今、仕事のひとつとして進学塾の講師をしている。 担当している受講生はそれほど多くはないが、それぞれにタイプが異なっている。 何も言わなくても自発的に学習に取り組む子もいれば、いまひとつ意欲がない子もいる。 塾のできることは限られている、と…

今日の予定が何もないとハッピーな気分になるという件

何度も言っているが僕はダメ人間であり、ヒマ人的生き方をしている。 これは謙遜でも何でもない。ありのままを述べているだけである。 自分がダメ人間であることを実感するのは、朝起きたときに今日一日の予定がないととてもハッピーな気分になってしまうと…

「強くなければ生きていけない」ような社会はいびつであるという件〈再掲〉

ヒトは弱い生き物である。 この弱さを既定事実としたうえでシステム設計をしないと、社会は成り立たない。 弱者を置き去りにするようなシステムを採用した共同体は近い将来に必ず衰亡する。 初出 2018/9/13 僕たちは幼少時から様々な刷り込みをされている。 …

道草を食ったり、寄り道することは楽しいという件

僕が小学生あるいは中学生のころ、学校からの帰路に道草を食うことがその頃の楽しみだった。友達と連れ立って通常の帰り道から外れたり、駄菓子屋や本屋に寄ったりすることがささやかな楽しみだったのだ。友だちと道草を食う行為の共犯関係になることでより…

「働けなくなったら、死ね」という社会はまぎれもなくディストピアであるという件

僕たちは特別な状況に自分が陥らない限り、自分が働けなくなった時のことを想像できない。心身の病気になったり、心身に障害を負ったり、劣悪な労働の条件の会社に勤め続けて消耗して退職を余儀なくされたり、ただ何となく今の仕事が嫌になったりと、これら…

僕はたまたま新自由主義に異を唱える立場にいるだけという件

僕は新自由主義的なイデオロギー・政策に拒否感を持っている。 行き過ぎたグローバリズムに対しても同様である。 市場経済の徹底が多くの社会問題を解決するという能天気な言説には同意できない。 新自由主義を貫徹すると、共同体が破壊され人々はむき出しの…

社会保障や福祉の意義を考えてみるという件

社会保障制度が現行の社会を成り立たせるのに不可欠なものである、ということは多くの人たちが肯定している(ごく一部のリバタリアンは社会保障を否定しているが)。 生活に困窮する人や自立を阻害されている人たちを支援するのは当然の国家の責務である。 戦…

僕の黒歴史、それは中学時代であるという件

僕は学校というものに不信感を抱いている。 小学生の時に不登校になり、その不信感は拭い難いものとなった。 そして、暗黒の中学校時代を過ごすことによってそれは増幅されることとなった。 僕の中学校時代というともう30年以上も前のこととなり、記憶のディ…

無職の人たちを冷たい目で見る社会は生きづらいという件〈再掲〉

無職であるということは、ただ単に今は仕事をしていない状況であるということに過ぎない。無職であるというだけで人格否定されたりするいわれはないはずである。 社会人とは仕事をしているしていないに関わらず社会の構成員としてそこにいるということだけで…

強い人たちを基にして社会設計をしてはならないという件

僕が若い頃、勤め人をしているときに風邪をひいたり、腹具合が悪いといった理由で仕事を休むと上司に詰られたものである。 「自己管理がなっていない」 「気合が足りない」 といったような言葉を投げかけられた。 ちょっとした体調不良で仕事を休むなんて社…

「かけがえのない人」にはなれなくても、全く大丈夫であるという件

僕たちは幼い頃は全能感に包まれている。世界の中心に自分がいて、自分以外の他者はすべて自分に注意を注いでいると感じている。 年齢を重ね、自我らしきものが芽生えると同時に、実は自分という人間は取るに足らないどこにでもいるありふれた存在なのではな…

僕はこの社会の片隅で機嫌よく暮らしていきたいという件

僕は毎日を機嫌よく過ごしたい。 今の僕の生活の指針はこれだけである。 機嫌よく過ごすために必要なことはそれほど多くない。 嫌なことは嫌と言う、嫌なことはできるだけしない。世間の人を判断する評価基準に踊らされない。必要以上のカネを求めない。まあ…

逃げ続ける人生もどうかと思うけれども、たまには逃げても良いという件〈再掲〉

相手を鼓舞するときによく「逃げてはダメ」といった類の言葉を吐くことがある。 これは時には効くけれども、しばしば相手を追い込むことにもなる。 生きていくうえで「逃げ場」も必要になるときがある。 初出 2018/8/23 僕たちは子供の頃から、「逃げてはダ…

カネは大切なものだということは分かっているけれども・・、という件

僕はビンボー生活を長く続けている。 カネのありがたみは人一倍分かっているつもりだ。 でも、目先のカネのために魂を売り渡すような真似だけはしたくない、と常々思っている。 貨幣・通貨とは効率よく商品やサービスを手にするために作られた交換手段のひと…

「やりがいのある仕事」だけを求めるのは単なるエゴイズムであるという件

やりがいのある仕事を求め、そのような仕事に就くことが善というイデオロギーが人口に膾炙して久しい。 僕はやりがいのある仕事なんて幻想に過ぎないと思っている。 しかし、世の趨勢としてそんな言説を吐くような人は「落ちこぼれ」とか「役立たず」のレッ…

コミュニケーション能力とは何か、それは本当に必要なのかという件

就活の際にあるいはそこから先の仕事をしていくうえで「コミュニケーション能力」が必要不可欠だとされている。 僕もかつてはこの言説を信じ込んでいた。 そしてコミュニケーション能力を高めるために試行錯誤を繰り返していた。 しかし、もともとがひねくれ…

弱い立場にある人を救済しないと、その共同体の存続は危ういという件〈再掲〉

社会システムは弱者をベースにして設計しないとその社会は弱体化するように思う。 共同体は弱い立場にある人たち(幼児・高齢者・障碍者・病気にかかった人等)を内包する性質を有するものだからである。 初出 2018/7/26 病気や加齢や失業、障害を負うことによ…

「消費者マインド」だけに偏っている人が多数派になると社会が歪になるという件

僕たちは大抵は「働く人」という顔と消費者という顔を持って生活をしている。 資本主義システムの下では、特に消費者マインドが肥大する傾向がある。 人の欲望を煽る広告が世にあふれ、経済成長をするためには人はまず「消費者」であれという圧力に常にさら…

何でもかんでも「民営化」で解決すると考えている輩はバカであるという件

新自由主義的な価値観が世を覆ってくると、経済効率でしか物事を考えない輩が跋扈するようになってくる。 経済効率でしか物事を考えないということは、すべてのことをビジネスの論理でとらえることである。ビジネスの論理を絶対視する人たちが多くいるが、そ…

家族を解体するように誘導して、すべての責任を家族に押し付ける愚、という件〈再掲〉

家族に社会保障の代替をさせるように代々の自民党政権は誘導している。家族の機能を解体させるような政策を採り続けているのにも関わらずである。 新自由主義的な政策の負の面のツケを解体されつつある家族に担わせようとしている。 これほど矛盾を孕んだも…

「苦労の押し付け」をする輩はみな老害であるという件

この社会では未だに根性主義や精神主義が蔓延している。 「やる気を出せ、やる気を見せろ」とか「やる気があれば何とかなる」といった類の言葉を浴びせられた人は多いと思う。 度が過ぎた精神主義は思考停止の状況に陥ってしまう。また、実証性や客観性を軽…

「学歴なんて要らない」という言説は無責任であるという件

この国の人たちは学歴に関する話題が結構好きである。 学歴不要論にしても、学歴がやはり必要であるという話にしても、結局は学歴に捉われている証なのである。 この国の学歴とは知的レベルを担保しているわけでも専門的知識とか学識を担保しているわけでは…