希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

誰かに認められようとすることはもうほとんどやめたという件〈再掲〉

誰でも多かれ少なかれ「承認欲求」を持っている。 この承認欲求が肥大化すると行動のコントロールが効かなくなり、精神的に不安定になったりする。また、他人の目ばかりが気になってしまう。 あまりにも承認欲求に忠実になると生きづらくなってしまうことが…

「何も起こらない」「平々凡々な」日常が続くことに幸せを見出せるようになってきたという件

僕の日々の生活は淡々と過ぎていく。 心をときめかすような出会いも皆無であり、深い悩み事もない。 仕事をしない日は自室に閉じこもり、読書をするかラジオを聴くか動画を観て過ごしている。あまり外に出て遊ぶということをしない。せいぜいが行きつけの喫…

一見役に立たない知識こそが実は大切であるという件

僕たちは何のために学ぶのか。 この根源的な問いに対しては明確な答えはない。 功利主義的に答えれば、知識を得ることあるいは学歴を得ることによって経済的な豊かさを獲得するため、ということになる。仕事に役立つ知識を得ることによって他者に比べて優位…

「石の上にも三年」を鵜呑みにしてはならないという件〈再掲〉

この国では忍耐が美徳とされ、根性論や精神論がまかり通っている。 「石の上にも三年」を鵜呑みにすると思考停止に陥ることになる。 初出 2017/5/16 僕はかつて年長者から「石の上にも三年」的な説教をしばしば受けたことがある。その時は釈然としなかった、…

人はミスマッチを積み重ねて生きていくものだと観念しておいた方が良いという件

先に結論めいたことを言っておこう。 人生はミスマッチの連続であり、それを前提条件として生きていかなければならない、と。 高校や大学の進学先の選択、就職先の選択、配偶者の選択などなど僕たちは人生の節目に自分の行き先を選択しなければならない。 そ…

効率性・生産性重視の世の中に僕はついていけないという件

僕は経済成長を至上の価値とする価値観になじめない。 「カネがすべて」というイデオロギーにもなじめない。 これらのイデオロギーが正しいとされる社会では効率性を追求される。カネ儲けに直接役に立たなそうに見える知識やスキルは無用のものとされがちで…

人を見かけだけで判断するな、というのは果たして正しいのかという件〈再掲〉

人を見かけだけで判断してはならない。正論である。 人は見かけ、第一印象が大切である。これも正論である。 見てくれだけが立派で中身のない人なんて幾らでもいる。 僕たちは見かけに騙されやすい、という事実を知っておくだけで十分である。 初出 2017/5/2…

サラリーマンの世界に閉じこもることはとても危険だという件

僕はこのブログでサラリーマン根性に浸かった人たちはダメだと言ってきた。 僕がサラリーマン稼業ができないというルサンチマンによってサラリーマン的生き方を否定しているという面はある。同時に世のサラリーマン諸氏に敬意を抱いている。毎日、面白くもな…

「みんなと同じ」ことをしていても、そこにはかりそめの安心感しか生まれないという件

僕は子どもの頃から天邪鬼である。 みんなと同じことをするのが何となく嫌だった。別に目立ちたがり屋だったわけではなく、信念があったわけでもない。ただ、単にみんなと同じことが面白くなかっただけなのである。 でも、信念があっての行動様式ではなかっ…

僕は「奇人」「変人」と言われている人が好きであるという件

僕は自分自身のことを至って普通で平凡な人間だと思っている。突飛な発想なんてできないし強い個性があるわけでもない。 僕は子どもの頃から、人とちょっと違った考え方や行動をする人たちに憧れていた。周囲から少々煙たがられている(変わった奴だと見られ…

今は「ビンボー自慢」すると白眼視されたり変人扱いされるという件〈再掲〉

僕はビンボー生活を続けている。 時々「もうちょっとだけカネがあったらなぁ」と思うことはあるが、ビンボーな自分を卑下したりはしない。 ビンボー自慢をしながら、スイスイとこの世を渡っている人を見聞きすると羨ましくなる。 初出 2017/4/25 僕は当然の…

自分はダメ人間だと受け入れているけど、時々不安になるという件

僕は自分のことをダメ人間だとして受け入れている。 雇われて働くことができない、意識が低い、他人と比べることが嫌いでマイペース、といった感じで競争社会の脱落者である。 僕はよくこのブログでダメ人間であることを受け入れて生きることが楽になった、…

勉強が嫌いなのは当然のことであるという件

世の多くの親御さんはわが子が勉強しなくて困り果てている。 別に教育ママ・パパではなくても自分の子にはきちんと勉強をしてもらっていい学校に入ってほしいと願うものである。昔の立身出世なんか望んでいなくて、そこそこで真っ当な生き方をして欲しいと願…

グローバル人材なんてバカでかい会社にとって使い勝手の良い労働者に過ぎないという件〈再掲〉

一時期やたらと「グローバル人材たれ」という言説が撒き散らされていた。 グローバリズムが進む資本主義体制下では労働者の待遇の下方均質化が進む。グローバル人材とは「安くこき使える」労働者に過ぎない。 初出 2017/4/18 僕の出身大学はやたらと「グロー…

全ての人が豊かになり満ち足りてしまうと困る者がいるという件

全ての人に必要なモノやサービスが行き渡り、貧困や戦争や飢饉がなくなった世界、それが僕が理想とする世界である。 おそらく多くの人たちも同じように考えるだろう。 人類はあるべき「理想の世界、理想の社会」を夢見て、その理想の社会を作り上げるための…

「カネの亡者」は悪人ではないという件

カネ儲けにあくせくしている人、カネに細かい人、カネに汚いのことを疎ましいと思っている人たちは多い。カネのことを大っぴらに話すことは何となく憚られる。 カネは生活を営むために必要不可欠なものなのに鬼っ子的な扱いを受けることがある。 僕たちは未…

自立とは誰かに「助けて」と言えることであるという件〈再掲〉

今は自己決定・自己責任において「個人」が自立して生きるべきだとされている。 自立した個人がデフォルトという社会が生きやすいものなのかは分からない。 助け合いや相互扶助が軽んじられる社会は人に冷たいものとなるのは確かである。 初出 2017/4/13 僕…

物事を結果論で語ることの愚、という件

僕は何事も結果論で語る人たちを信用していないし嫌いである。 ある結果に至るプロセスを分析し検討することは必要である。そのことによって次につながることもある。 しかしながら、そのプロセスの分析・検討と結果論とは似て非なるものである。 結果論を嬉…

僕が学歴エリートでなくなったことのメリット、という件

僕は大卒だけど学歴エリートではない。 東大や京大といった伝統があり超難関大学の出身ではない。 僕はこれでも高校時代は京大や阪大を目指し、学歴エリートの末席に連なろうとしていた。生き方の選択肢が少なく、偏った価値観を有していたため、学歴エリー…

「働かざる者、食うべからず」は残酷な言葉であるという件〈再掲〉

人は働いてこそ一人前だという概念が当たり前のものとなっている。 この当たり前とされている考えに疑問を抱かなければ思考停止に陥ってしまう。 世の中には働けない人が沢山いる。働けない人は一人前ではない、という切捨ての論理が蔓延る社会は不健全な社…

「お前のことを思って」した発言・行為を正当化してはならないという件

「お前のことを思って、言っているんだ」 この手の言葉に何度も出くわし、そのたびに嫌な思いをしてきた。 相手のことを思っての、善意に基づくものならば少々の暴言でも許される、という風潮がこの社会には蔓延している。 「相手のことを慮っている」体罰や…

僕が公務員を辞めた最大の理由は「安定」と「先々の保障」があると思ったからという件

「公務員を辞めたネタ」は何度もこのブログで書いていて、「いつまで言うとんねん」といった感じではあるけれども、ちょっとだけ好評なので図に乗ってまた書くことにする。 僕が公務員を辞めた理由は幾つかあって、それらが折り重なり合った結果「ええいっ、…

中間管理職なんて本当に必要なの、という件〈再掲〉

僕は殆どの上司はバカで使えない人たちだと思っている。 この偏った考え方は僕のルサンチマンによるものだ。 中間管理職なんて必要最低限の数だけ揃えておけばそれで足りるものである。 「飼い殺し」にするための管理職なんて不要である。 初出 2017/3/30 僕…

嫌いな人と付き合う必要はないという件

人との付き合いは厄介なものである。 相性が悪い人もいるし当然に好き嫌いもある。 真っ当な社会人ならば、特にサラリーマンならば好ましく思わない人とも付き合っていかなければならない。 人はひとりでは生きていくことができない。自分以外の人たちと色々…

最近「面倒くさい」かどうかで物事を決めるようになってきたという件

近頃の僕の口癖は「面倒くさい」と「邪魔くさい」である。 人に言うと角が立つので、ほぼ独り言でぶつぶつと言っている。 本当に俺ってダメ人間なんだなぁ、とつくづく思う。 世の仕事の多くは面倒くさいことを平らにする作業である。 邪魔くさいことを嫌な…

社会的弱者に対するバッシングほど卑劣な行為はないという件〈再掲〉

「強きを助け、弱きを挫く」 今のこの社会を覆う風潮である。 社会の、構成員たる人たちの劣化である。 弱き人たちをバッシングして嬉々としている人たちが多くいる、ということに暗澹たる気持ちになる。 初出 2017/3/16 社会的に弱い立場に置かれた人たちに…

完全な能力主義の会社なんて存在しないという件

僕はかつては能力主義の信奉者だった。 顧問先の会社に能力主義的な人事制度や給与制度を提案し構築したこともある。 コネや情実などは前時代的な遺物であり、「公明正大」な能力主義こそがあるべき姿だと思い込んでいたのだ。 僕は今でも能力主義の処遇が全…

適度に「棲み分け」ができている社会が生きやすいという件

人それぞれが持っている価値観は異なっている。 得意分野不得意分野もそれぞれ違っている。 好きなこと嫌いなことも当然に違っている。 自分が大切なことだと考えているものも異なる。 とても当たり前のことを並べてみたけれども、今の世の中は人を均質化さ…

他者の自由を奪うことは快楽につながるという件〈再掲〉

人は自由を奪われたときに耐えがたい苦痛や屈辱を感じる。 逆に相手の自由を奪ったときにはこの上ない快感を得ることになる。 この倒錯した感情が人を支配することや統制することへの導線となるのである。 初出 2017/3/14 僕は自由に生きること、自由であり…

「雇われて働く」と仕事をすることが苦痛になるという件

僕は雇われて働くということがたまらなく苦痛である。 世のサラリーマンが長時間労働やサービス残業をこなし、都市部では非人間的なラッシュの通勤地獄であっても日々休むことなく働き続けていることに敬意を覚える。 僕にはとてもじゃないができないことで…