希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

僕はある時から自分を甘やかすことにしているという件

僕たちはずっと「自分に厳しくあれ」的な生き方を推奨されてきている。 将来の自分のあり方を見定め、目標を設定し、自分自身を叱咤激励しながら生きていくことが正しいとされてきたのである。 僕もご多分に漏れず「自分に厳しく」というイデオロギーを信じ…

会社に従順なサラリーマンを生み出すために大学は存在しているのか、という件

大学が「就職予備校」化していると論じられて久しい。 昨今の就活の狂騒ぶりを見ているとそうなのだと納得する。大学生活の思い出は就活だ、という著書もあったが、そのことに悲哀を感じてしまう僕は世間とズレているのだろうか。 確かに就職は人生において…

働く環境を良くするためにはひとりひとりが現実と向き合うしかないという件〈再掲〉

劣悪な労働環境の職場が多いことは多くの人たちに知られている。 そんな職場で働く人たちの大多数は声をあげることもせずに耐えている。 個々人が現実といかに対峙するかが大切となってくる。 初出 2017/2/16 この国で働く人たちの多くは労働環境が劣悪な状…

弱いことは悪ではない、善であるという件

今のこの社会では「弱いこと」は悪である、とみなされがちである。 競争に勝て、成長しろ、人に頼るな助けを求めるな、自己責任だ、といったように人を急き立てる。 真っ当な「社会人」とは正社員として勤めていて、常に成果を出して上司や同僚に評価され、…

苦労話を嬉々としてする人は信用できないという件

このエントリーのタイトルと矛盾するが、僕はわりと苦労話を見聞きするのが好きである。 ただ、すべての苦労話が好きだというわけではない。自分が体験した事実を淡々と述べた苦労話に好感を持つのである。そして自分が経験したことを苦労と感じていないこと…

「正義」なんて胡散臭いものだという件〈再掲〉

「正義」の名のもとに夥しい数の人たちが命を奪われてきた。 絶対的な正義などこの世に存在しない。 初出 2017/2/9 僕たちはついつい「正義」を前面に立てて自分の考えを押し通そうとする。自分の「正義」が絶対的に正しいものと疑いもせず、他者を抑圧しよ…

行き当たりばったりでも大抵は何とかなるという件

僕たちは学生の頃から「将来のことを考えろ」とか「計画的に行動しろ」といった類のことを言われ続けてきた。 「行き当たりばったり」は忌むべきものとされてきたのである。 一般論としてあるいは常識的な思考からすると将来のことを見据えて計画的にした方…

なぜ公務員バッシングが繰り返し起きるのか、という件

就職先として国家・地方問わず公務員の人気は相変わらず高い。 自分の子供が公務員になりたいと言い出して「そんな仕事なんか止めとけ!」という親はいるだろうか。よほどの変わり者ではない限り、そんな人はいない。 昔、僕が公務員試験に受かったとき、両…

上司の大多数はどうしようもない奴らであるという件

僕のサラリーマン時代を振り返ると上司に恵まれなかった、という思いが強い。僕がダメサラリーマンだったということを横に置いといて、上司や中間管理職がなぜこんなにバカが多いのかということを独断で書いていきたい。 ダメとされる上司は元々が仕事ができ…

「楽しさ」を感じられない労働は「苦役」であるという件〈再掲〉

労働は苦役である、と同時に喜びをもたらすものでもある。 欧米的価値観が絶対的に正しいとは思わないが、労働は苦役であるという側面は無視できない。一方で労働は尊いという価値観がこの社会を覆っているという事実も無視できない。 初出 2017/2/2 一般的…

いつの間にか自分というものについて考えなくなっていたという件

人間以外の生物は自分の子孫を遺すことと生き延びることを目的として生きている。生殖の相手と食料を追い求めるだけの一生だと言ってもいい。 人の場合はそうはいかない。 なかなかシンプルな生き方ができないのだ。 自分とは何か、自分はなぜ生きているのか…

会社を辞めることなんて大したことではないという件

会社勤めのサラリーマンで一度も会社を辞めたいと思ったことがない人なんているのだろうか。大抵の人たちはこんな会社辞めてやる、という言葉を飲み込んで我慢して勤め続けているのではないだろうか。 会社を辞めることはなかなかに難しい。とんでもないブラ…

仕事だけの人生なんて本当にクソつまらないという件〈再掲〉

仕事なんて人生のほんの一部に過ぎない、と僕はこのブログで何度も述べている。この考え方が絶対的に正しいとは思わないが間違っているとも思えない。仕事=人生だと思い込まされていると生きづらさが増幅する。 初出 2017/1/31 人は生活を成り立たせるため…

人の「やる気」を引き出そうとすればするほどその人はやる気をなくすという件

殆どの人はやる気を出せと発破をかけられればかけられるほどやる気をなくしてしまう。これは「やる気のジレンマ」とでも言うべき現象である。 大体がやる気なんてものは内発的動機づけがあってはじめて発揮されるものであり、人からやいのやいのと言われて出…

人は皆「死亡率100%」。でもそのことを忘れてしまいがちだという件

人は生まれながらに不平等である。 これは厳然たる事実である。 才能に恵まれた人(特に「稼げる」才能)もいればそうでない人もいる。裕福な家に生まれた人もいれば貧しい家に生まれた人もいる。人生が思うとおりにとんとん拍子に進む人もいれば挫折ばかり…

会社に寄りかかって、滅私奉公するだけでは未来がないという件

会社中心主義的な社会システムは一見変化しているようで根っこの部分は変わっていない。 相変わらず正社員という働き方がスタンダードという体で政策が決定されている。世間の人たちも正社員だけが一人前の社会人だと見る風潮が残っている。 経済成長が果た…

サラリーマンの給料が働きより少ないのは当たり前だという件〈再掲〉

会社の利益は労働者に「分配」されるわけではない。 労働者の給料は「労働力の再生産」に相当する費用分しか支払われないのである。労働者である限りかつかつの生活を強いられ続けるのだ。 初出 2017/1/24 世の多くのサラリーマン(労働者と呼ぶ方が正しいが…

会社や学校をサボることは楽しいという件

学校生活においても社会に出て働いていても、サボることはいけないことだという意識を刷り込まれる。 時にはサボることは人としてなっていないと人格攻撃にさらされることもある。 労働至上主義的あるいは勤勉至上主義的イデオロギーが蔓延している社会でサ…

「働くことの喜び」なんて本当にあるのか、という件

僕はこのブログでずっと雇われて働くことはとても苦痛だと言い続けてきた。僕が特別な価値観を持っているからではなく、労働の持つ本質的なものである、とも言ってきた。 労働が全くの苦役であるならば話は簡単である。 しかし、働くことによって得られる充…

苦労することを賛美するのはとても無責任だという件〈再掲〉

この国の人たち、特に年輩者は苦労話が好物である。 「苦労しなければ一人前じゃない」といった類の妄言を信じている節がある。こんな精神主義や根性主義がまかり通っているようではお先真っ暗である。 初出 2017/1/12 僕は苦労なんてしたくない。 できれば…

「やってみなければ分からない」ことを理解できない人とは話ができないという件

僕は「やってみなければ分からない」をモットーにしている。 まあ実際にはなかなかそうはいかないけれども、何かひらめいたらまずはやってみることだと自分に言い聞かせている。 僕はこれまでに「やってみなければ分からない」と思い立って色々なことをして…

世の中を変えるには目の前の問題と向き合うしか手立てはない件

僕は今の世の中に不満がたくさんある。 何に不満かをいちいち挙げていけばキリがないので、ここでは具体的なことは書かない。 常に漠然とした生きづらさを感じながら生きている。 生きづらさを軽減させるには自分自身が変わるか世の中が変わるしかない。 世…

僕の「役に立たない」読書論・読書術を書いてみる件

僕にとって読書は趣味ではなく生活の一部となっている。 読書の時間を捻出するために今の働き方、生き方を選択したと言ってもいい。 社労士事務所を営んでいた頃の末期、僕はうつになっていて読書量が激減した。とても本を読む気になれなかったのだ。そんな…

仕事を生活の中心とするな、という件〈再掲〉

僕はこのブログで「仕事は生活の一部に過ぎない」と繰り返し主張してきた。 仕事が絶対的にプライベートよりも優先する、なんて考え方は歪である。 仕事中心の生活が当たり前だというのもイデオロギーもどきに過ぎない。 初出 2017/1/10 表題の言葉は僕のオ…

ダメ人間だと自覚すればするほどワクワクしてくるという件

僕はダメ人間だと自覚している。このブログでも何度も自分のダメさ加減を書いている。人から「いやぁ、ダメ人間なんかじゃないですよ~」とかなんとか言われたいとは思ってはいない。 でも、「あんたは無価値な人間」だとか「下劣な人間」とか言われるととて…

一斉に「できる人」になろうとする競争に飛び込むと疲弊するという件

僕は競争そのものを否定しない。 競争があってこそ生み出されるものが多くある。 けれども、競争によって失われるものもまた多くある。 資本主義体制下の社会では競争が前提となっている。 ミクロのレベルで見ると、多くの人たちは会社という組織に属し、そ…

「自分らしさ」って本当に大切なものなのかという件

人は誰しも世間のしがらみに縛られずに自由に好きなように生きたいものだと思う。 世に出て働くようになると、自分を押し殺す場面が増えてくる。我を通すと人間関係が壊れたり、仕事が立ち行かなくなったりする。 世に多く出ている自己啓発もので相変わらず…

強いリーダーなんて要らないという件〈再掲〉

僕は強いリーダー待望論に強い違和感を抱いている。 自分で決めることを忌避し誰かに決めてもらうことを良しとするメンタリティが嫌いだからである。 リーダーの良し悪しは強いか弱いかという単純な物差しで決めるべきものではない。 初出 2017/1/5 混沌とし…

「つまらない仕事なんかない」とは経営者のたわ言に過ぎないという件

世の多くの仕事はつまらない仕事である、と僕は思っている。 これは全くの僕の個人的な意見である。この世のどの仕事も意味があってかけがえのないものである、という意見もある。これはこれで正しい。ただ、「僕にとって」つまらないと感じられる仕事が多い…

現行の生活保護制度では貧困や格差は解消されないという件

ある人が生活に困窮しているときには生活保護給付を受けることができると目先の問題は解決できる。とりあえずの最低限の衣食住が確保できるからだ。 高齢者や障碍者を除いて稼働可能な人たちにとって生活保護を受けることのデメリットがある。就労の意欲を削…

phaさんが出演している『ザノンフィクション』を観て感じたことを書いてみる件

僕はこのブログで書評やテレビ番組等の感想は書かないようにしている。 なぜなら、「旬」なものを書くと後々読まれなくなるからだ。何より面倒くさくて好きではない。感想や批評ありきで本を読んでもテレビを観ても純粋に楽しめなくて面白くない。 そういう…

「素」をさらけだすのは良いことではないという件〈再掲〉

人は場面に応じて様々な顔を使い分けている。 「本当の自分」なんてあってないようなものである。 人の「素」の部分を詮索することなんて無意味である。 初出 2016/12/22 僕は「素」の自分をさらけ出すことに強い抵抗がある。 「素」をさらけ出すという行為…

働きすぎて死ぬ、ということが異常だという意識を共有できないこの社会、という件

過労死や過労自殺のケースが未だに頻出している。 怖いのはその報にふれた僕たちが鈍感になり、なんとなくやり過ごしてしまうことである。一時的に過労死を出した会社に対するバッシングは起きるが、そもそもなぜ過労死・過労自殺が起きるのか、という根本的…

「正しい生き方」なんてこの世には存在しないという件

人の生き方は千差万別である。 どのような生き方を選択するかは人それぞれの自由であり、他者にとやかく言われる筋合いのものではない。 何を当たり前のことを言っているのか、と思われるかもしれないがこの当たり前のことが蔑ろにされがちなのである。 僕た…

国民健康保険がバカ高いのはなぜかという件

国民健康保険料がバカ高いと感じている人は多いと思う。国保料を滞納していて支払に四苦八苦している人も多いだろう。 僕は以前に住民税や国保料の滞納への対処法についてのエントリーを書いて結構な反響があった。それほど多くの人たちが国保料の高額賦課に…

現場の頑張りに寄り掛かった組織に未来はないという件〈再掲〉

戦いにおいて「戦略」の稚拙さを「戦術」ではカバーできないといわれている。 戦前の軍部が典型的な例である。 戦略はおろか戦術が稚拙な会社で働かされているサラリーマンは不幸である。 初出 2016/12/19 経営論やマネジメント論、組織論等でよく現場第一主…

弱者の救済は強者による「恩恵」であってはならないという件

先進国では社会福祉・社会保障制度による救済を受けることは固有の権利だとされている。仮に自分の生活が困窮したとしたならば、生活保護を受給することは当然の権利の行使となる。 しかし、未だに生活保護を受給することは「国に厄介になる」ことであり「恥…

「画一化された」価値観ほどおそろしいものはないという件

僕たちはひとりひとり考え方やものの感じ方が違う。 人それぞれバックボーンが異なっているのだから当然のことである。 この社会は価値観の異なる人たちがお互いを認め合い支え合いながら共存していくものである。 僕がどのような価値観を持っていても自由で…

学校給食のトラウマ、あるいはそれに関する諸々のことという件

僕は今も時々小学校時代の嫌な夢を見る。 給食が食べられなくて無理やり食べさせられたり、居残りをさせられたりするという、そんな悪夢だ。 僕は偏食であり、小学生の時は今よりももっと酷かった。 肉類を食べることができなくて(今もあまり好きではない)…

自立とひとり暮らしをすすめるのは誰かの陰謀かもしれないという件〈再掲〉

「自立」の一般的なイメージは親元を離れて独立した生計を営むことである。世帯を構成する人数が少なくなり、個に分解されればされるほど消費が増える。資本主義体制下では家族が解体される方が好都合なのである。 初出 2016/12/12 僕は高校を卒業して大学に…

すぐに役立つ知識は実はすぐに役に立たなくなるという件

僕は社労士事務所を営んでいるときに専門的な知識を得ようとして勉強を続けていた。労働法、判例、行政通達、公的保険の実務、人事労務管理の知識等を日々勉強していた。実務に直結するような知識、つまりカネになる知識を優先して学んだのだが、今となって…

(隔世の感がある)僕の「就活」体験を語ってみる件

僕が就職活動していた頃はバブル景気の真っ最中だった。 尤もその当時は「バブル景気」という言葉はなく、どうやら景気が良いらしい、もしかすると売り手市場らしい、と言った程度の認識だった。 蓋を開けると早々に内定者が続出し、複数の会社から内定を得…

仕事に100%の力をつぎ込まなくてもよいという件

この国の労働者、特に正社員は仕事に全精力を注ぎ込むことが当たり前だとされている。プライヴェートを犠牲にすることも厭わない態度が要求される。 自分の仕事を終えても付き合い残業をさせられたり、意味のない長時間の会議に出なければならない。 極言す…

頑張りすぎると結果が伴わないという件〈再掲〉

頑張ることを必要以上に強いられる社会は息苦しいものとなる。 また、悪しき精神論・根性論の温床となる。 頑張らない生き方を排除しない社会が健全な社会である。 初出 2016/12/6 僕たちは幼少のころから何事にも頑張れと言われ続け、頑張ることが良いこと…

世間で「正しい」とされていることの逆をいけば生きやすくなるかも、という件

僕たちは子どもの頃から「正しいことを言う大人たち」にあれこれ言われ刷り込まれてきた。学校の先生をはじめ、自分の親、親戚のおじさん・おばさん、近所のおっちゃん・おばちゃんたちに正しいことを言われ、それに従うことが「良い子」だとされてきた。 世…

オンラインサロンをはじめてみたという件〈告知〉

この度オンラインサロンを始めることにした。 構想は約1年間。 働くことに疲れている人たち、働くことに辛さを感じている人たちの「居場所」を創りたいとずっと思っていた。 当初はリアルな交流の場を創ろうとしていたのだけれども、まだちょっと難しいと感…

「自己決定」「自己責任」イデオロギーから解き放たれると生きやすくなるという件

僕たちは子どもの頃から「自立」を強いられる。 自分ひとりの力で生きていけるようになれと言われ続け、人に頼ってはいけないと刷り込まれる。 資本主義的なイデオロギー、特に新自由主義的価値観の下では人はみな個人単位に分解されて、個の力を頼りに生き…

「自己啓発社会」は何だか息苦しさを感じるという件

僕たちが働くうえで決められたことだけをしていては評価されない。たとえマニュアル通りの単純作業であっても創意工夫を求められる。営業にしても事務系の仕事にしても接客の仕事にしても、それぞれ自己啓発や能力開発を強いられる。 仕事の遂行能力を高める…

「怠ける権利」なんて本当にあるのか、あってもいいという件〈再掲〉

怠けること、怠惰なことが「罪」だとみなされるようになったのは近代になってからである。資本主義体制の国家の、国民国家の生成と関係がある。 怠けることによって創り出されるものがある。 初出 2016/11/29 ここんところずっと憲法の改正論議が続いている…

誰かに認められようとすることはもうほとんどやめたという件

多くの人たちは自分以外の他者に認められることを欲している。 「承認欲求」といわれるものである。 この承認欲求が原動力となって、人は何かを為そうとする。 承認欲求が意志や力の源泉となる。 人は自分ひとりのために生きていくことは難しい。 学生時代に…