先進国の中でこの国は特に生産性が低いという調査結果がある。
まあ、わかりやすく言えば表向きは沢山働いてはいるように見えるけれども商品やサービスの生産効率が悪いというわけである。
僕個人としては生産性や効率ばかりに目を向けることはどうなんだろう、とは思うけれども、がむしゃらに働いている状態を放置していることも大問題だと思う。できるだけ少ない労働量で大きな利益を生む、となればこれに越したことはない。
僕の独断と偏見、あるいは肌感覚で生産性が悪いという理由を考えてみることにする。
① やりたくない仕事を会社にしがみつくためにいやいやしている。
自分の仕事というものはその職務を会社によって決められる。会社に所属している限り、自分の好きな仕事や得意な仕事ばかりができるとは限らない。
また、ある調査では、ずっと今の会社では働きたくないが、おそらくずっと今の会社で働き続けるだろうという回答が多数だったということだ。会社に対する帰属意識が低いにもかかわらず、その会社にしがみつかざるを得ないという点にサラリーマンの悲哀が感じられる。
実際問題として転職のハードルは低くはない。労働市場の流動性は低いままである。会社や役所の正社員でないと社会的な信用が低いので、正社員という身分を手放したくないし、その結果会社にぶら下がり続けることになる。この社会では一旦レールから外れると元に戻ることが難しい。
意に反してしたくもない仕事をいやいやながらも続けることになる。これでは革新的なアイデアも出にくいし、仕事に対するモチベーションは上がりにくい状況になりやすい。
② 会社からの評価を得たいがためにやらなくてもいいような仕事を作り、会議を増やし、長時間労働をして自分のやる気や意欲をアピールする。
いやいや仕事はするけれども、やはり高い評価は得たいというのがサラリーマンの性である。会社の人事考課は成果だけを上げればいいというものではない。やる気や意欲と言った情意面も考課の対象となる。会社によっては精神論が幅を利かせていて、情意面を重くみるような旧態依然としたところもある。いやいや仕事をするようなモチベーションの上がらない状態でもやる気を見せなければならない。そのためには毎日遅くまで残業している、というアピールをする。また、効率よく仕事をして定時退社をするような社員は評価されないという会社が未だに多く存在する。そのために長時間労働が常態化する。長時間労働や残業を積み重ねても、一向に売上や利益が伸びない。当然と言えば当然である。
長時間労働を強いて業績が上がらないというのは最悪の状態である。生産性が低いということよりももっと重大な問題であり、この国の会社が抱えている病理現象である。
生産性が低い理由を上記の2点に絞ってつらつらと書いてみた。もちろん、会社や上司のマネジメント能力の欠如も大きな理由である。しかし、ここではあえてこれ以上はふれないことにする(別のエントリーで書いている)。
サラリーマンたちはなぜこのように生産性が落ちるような働き方をしているのか、あるいはそうせざるを得ないのか。サラリーマン個々の資質の問題にしてしまうのは簡単なことだ。でも、それは問題を矮小化しているだけである。根本にはこの国の会社が抱えている「組織の病理」、組織の論理に社員たちを絡めとること、組織に抱え込んでしまおうとする力学が強く働くこと等々がある。
生産性が高くなるに越したことはないが、そればかりに目を向けていると、労働者を非人間化することが加速する。
「生産性」だけに焦点を合わせてあれこれ論じていると、そこには落とし穴が待ち受けている。