希望の舎―再生編ー

ライフサポーター&開運アドバイザーが書き綴るブログです。「あなたの心に灯をともす」ため、先人が伝承し語り継いできた叡智を伝えます。テーマは歴史/教育/宇宙論/仕事/居場所/心と体の癒し/健康法/開運法/運気アップ/民俗学/文化人類学/食養生法/少食/自然医学/甲田療法/中村天風/斎藤一人/エドガー・ケーシー/生きづらさ

労働者の当然の権利を主張しただけなのに、変人扱いされるのはおかしなこと、という件

この社会では自分が有する当然の権利を主張することが憚られる風潮が未だにある。ちょっとした権利を主張しただけで、変人扱いをされたり、扱いにくい奴だとレッテルを貼られたり、ひどいときには村八分に遭ったりする。

例えばブラック企業を相手に闘う人がいると、その会社内でひどい扱いを受けることが多い。上司からの嫌がらせだけにとどまらず、同僚からの無視、非協力的な態度に遭遇する。

 

労働者には労働関連の諸法による権利、先人たちが勝ち取ってきた権利がいくつもある。週休2日制などの労働時間の抑制・休日の確保、休憩時間、年次有給休暇、育児・介護休業等々である。

会社が労働者の権利を侵害したときには、当然にこれに抵抗し権利の主張をしなければならない。これは自分ひとりの問題ではなく会社や経営者の横暴を糺すため、同僚の権利を守るためでもある。

 

しかし、殆どのサラリーマンという名の労働者は会社のいいなりになり、当然に主張すべきことを主張しないで会社に従属しているのが現実の姿である。

権利を主張しないだけにとどまらず、正当な権利を主張しようとする人たちの邪魔をして自己保身を図ろうとするからタチが悪い。

 

僕が以前にパートタイマーとして勤めていた介護施設で定められた始業時間の15分前からミーティングが行われ、実質的に参加を強制されていたことがある。働き始めてから半年ほど経った時に、僕は所長にその分の残業代を支払うか、ミーティングの時間を始業時間以降にすべきだと申し出た。すると、古株の同僚連中が「そのくらい我慢しろ」「社会人として当たり前」だと僕に言い寄ってきたのだ。僕が明らかな労基法違反である、と言うと彼女らは「法律なんか守ってたらやっていけない」というとんでもない言葉を吐いて僕を呆れさせたのである。たかが15分、されど15分である。一事が万事で、小さな綻びから大きな問題が起こることを理解していないのである。何より経営者側に取り入ろうという魂胆が透けて見えて、このことも僕に嫌な感じを抱かせた。この件以降、僕は変人扱いされた。まあ、変人扱いされるのは光栄なことだと思っているので何ともなかったが、多少仕事がやりにくくなったのでこれには困った。

僕と同じような目に遭っている人たちが結構な数存在していると思われる。社員の待遇改善を要求すること、特に法令に違反する行為を正せとさえ言えないのは狂っているとしか言いようがない。

少々の法律違反等には目を瞑り会社に言いなりになっておく、というメンタリティが結局は労働条件の劣悪化と労働強化につながるのである。

 

僕は何でもかんでも権利を主張しろと言いたいわけではない。

人権が不可侵のものであり崇高なものである、というイデオロギーを信じているわけでもない。

しかし、自分の生活に直結した労働者としての権利は大切にし、その権利は何としても守らなければならないと思っている。特に労働者の権利は先人たちが血と汗を流し、国家と闘い続けて獲得したものであるから絶対にないがしろにしてはいけないものなのである。

 

労働者の権利を軽く見るということは、自身の労働者意識が薄いことを意味している。これはとても危険なことである。

労働者としての当然の権利を主張することは労働者としての矜持や誇りを示すことである。

僕はこの矜持と誇りを何よりも大切にしたい。

 

 

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