希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

僕は未だに「自分の好きな仕事」「適職」が分からないという件

僕はこの歳になっても未だに「自分が好きだと思える仕事」や「適職」が分からないでいる。

今までいくつかの職種に従事し、フリーランスで仕事をしてきたが「これといった」ものに出会っていない。もしかすると、死ぬまでそれらが分からないままでいる公算が高い。

 

僕は仕事にやりがいや成長を求めるのはどうだかなぁと思っている。だから、別に自分の好きな仕事や適職が見つからなくても別条はない。

けれども、心のどこかに心血を注げるような仕事をしてみたいという願望がある。これはないものねだりかもしれない。

僕は若い頃、天職と呼べるものに出会えないことに忸怩たる思いを抱いていた。いつかは天職に巡り合えるとの淡い期待を持っていた。今はもうそんな期待は持つまいと心に決めている。

 

こんな僕でも、どうやら自分に向いていそうだと感じた仕事があるにはある。

それは専門学校や塾の講師の仕事である(塾の講師は今もしている)。

僕は元来は人前に立つこと自体は苦手である。人前で話すことも同様に苦手である。

しかし、いざ講師という立場になって、教壇に立つとすらすらと話すことができるようになる。受講生とのコミュニケーションをスムーズにとることもできる。マニュアルがなくてもそれなりの授業を成り立たせることができる。ある専門学校の講師をしているときは、生徒のアンケートではそこそこ高い評価を得ていた。

おそらく、講師という仕事に僕は適性があるのだろう。

決して好きな仕事だとは言いきれないが、そこそこ向いている仕事なのである。

 

だからと言って、講師という仕事が僕にとっての「適職」だとは言いきれない。

ことはそう単純なものではない。

講師の仕事をしていてもワクワク感みたいなものが沸き上がらないのだ。その仕事への慣れからくるものではなく、始めた当初からそうだった。

僕が講師業を始めたのは「食いつなぐため」に仕方なく、といった理由からであってどうしてもこの仕事がしたいという熱意があってのものではない。

今でも講師という仕事は「かりそめ」のものだと思っている。

 

僕が好きなことは何かと言えば、とりたてて挙げることができない。

しいて言えば、文章を書くことぐらいである。

このブログを書くこと自体は苦にならない(ネタを考えるのには多少苦労するけれども)。ネタさえ思い付けば、このブログ程度の字数であればすらすらと書くことができる。

ただし、趣味でやっている限りの話で、「文章を書くことが好き」だと言えるのである。もし、仮に文筆業を仕事にしたとしても、「好きな仕事」や「適職」「天職」になるかと言えば、そうとは言いきれない。

本当に面倒くさい奴なのである、僕という人間は。

 

僕はこれからもずっと好きな仕事や適職が分からぬまま、年老いていきそうである。

まあ、それはそれで仕方がない。

そんなものがなくても生きていける、と強がりを言いながら、人生の幕を閉じそうだ。

まあ、それでもいい。

臨終の間際に、「まあまあの人生だった」と回顧できればそれで十分である。