希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「お客様は神様」ではないという件

顧客第一主義を社是に掲げている会社は多い。このこと自体は間違っているわけではなく正しいことである。

ただ、この顧客を大切にするという考えが歪んで広まっているような気がする。

顧客の正当でないクレームに対しても平身低頭して聞き入れることが顧客第一だと勘違いしていたりする。

過剰なサービスをしてまでも顧客に媚びへつらう。

 

行き過ぎた顧客に対するサービスをすると、そのしわ寄せはすべて現場で働く労働者に押し寄せる。労働者に過度の奉仕を強いても会社のコストは変わらない。

正社員だけではなくパートタイマーやアルバイトに対してまで過度のサービス提供を要求するようになっている。

過剰すぎるサービスをホスピタリティだとの思い違いをしているケースが多い。

 

サービスを受ける側である消費者の意識も問題である。

例えば安価な店舗(ファーストフードやファミレス等)でも一流のレストランやホテル並みの接客を要求する。そのことが店舗の従業員の労働強化につながることを想像できないのだ。結果として、飲食業をはじめとするサービス業の人手不足に至ることになる。

誰が好き好んで安い賃金で過剰なまでのサービスを強いられる仕事に就くものか。普通に考えれば分かることである。

 

話はそれるが、教育問題についても、生徒を「顧客」ととらえる考え方が蔓延してから前衛化してきたと思われる。教育を単なるサービス業のひとつとしてとらえることが誤りの要因となっているのである。

生徒は「消費者」であってその行動様式が「最小の出費で、最大のコストパフォーマンス」を求めるようになると、教育現場は崩壊する。

教育は市場原理の埒外にあると認識する必要がある。

 

「お客様は神様」ではないのである。

客とサービス提供者はあくまで対等な関係にある。売り手は適正な価格で適正な商品やサービスを提供すればそれで事足りるのである。買い手側も対価に見合う商品やサービスを受け取れば、それで満足だとしなければならない。必要以上のサービスを要求することを慎むべきである。一流とされる飲食店やホテル等の価格はサービスの料金(いわゆるホスピタリティの価格)を上乗せされているのである。

 

笑顔や愛想はタダだという固定観念を突き崩す必要がある。

この考え方が蔓延し固定化すると、いわゆる感情労働に従事する人たちの負荷が青天井になる恐れがある。労働強化が際限なく進み、それに反して賃金が上がらず、労働条件が劣悪なままだと、誰もその仕事に就かなくなる。典型的な例として、介護福祉の現場での人手不足はますます加速するだろう。

 

ホスピタリティや「おもてなしの心」は大切なものであることは僕にも分かる。

しかし、それらが独り歩きし、過剰なサービス提供を労働者に強いるようでは、それらの本質が損なわれてしまう。消費者の自意識が肥大化する弊害もある。

「お客様は神様」という言葉を死語にするときが来ている。