希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

マイノリティとして生きていくことの辛さと楽しさ、という件

僕はどちらかというとマイノリティ寄りの人間だと自己規定している。

性的少数者のようなゴリゴリのマイノリティではない。

雇われて働くことが苦痛で、それが長続きしない、不登校の経験があるといった程度のものだ。

総サラリーマン化社会では真っ当に勤め人ができないというだけで立派なマイノリティだと僕は思っている。

 

僕は大学を卒業して働き始めるころまでは、自分は世の中の多数派に属する人間だということを疑っていなかった。

確かに不登校にはなったが、元のレールに戻り高校大学とストレートに進んだ。就職浪人することもなく職を得ることができた。このことだけで自分はマジョリティに属する人間だと思っていたのである。

 

公務員として働き始めてから、僕は強烈な違和感に襲われることになる。仕事そのものはつまらないものだとは覚悟していた。それ以前の問題だった。毎日同じ時間に同じ職場に出勤することそのものが苦痛に感じたのである。

ひとつの職場に定年まで勤めあげるという「常識」が本当に正しいのか分からなくなった。そのことを考えると、たまらなく苦痛を感じるようになった。

こんな思いが頭をぐるぐると回っている時点ですでにマイノリティに属することになる。

 

僕は僕なりに自分が抱いた違和感を解消するために試行錯誤を繰り返した。

公務員を辞めて、フリーの講師になり、社労士の資格を取得してコンサルタント事務所を開き、フリーランスという働き方を選択したりした。

これらの試行錯誤も結局は、自分がマジョリティの側に居続けるための悪あがきに過ぎなかったのだ。

そして、社労士事務所を畳むとき、キレて、そして決心した。

もう、マイノリティでいい、自分は少数派に属する人間でそのことを受け入れて自分なりの生き方をしようと。

 

マイノリティとしての生き方を選んでから、多くの人たちが離れて行った。

僕はもう「終わった人間」だと言う人もいた。「もうあいつは使えない」と言った人もいた。

その時はさすがに辛かったけれども、同時に清々とした思いもあった。変に期待されることもない、他者からの評価に煩わされることもない。

 

今の生き方を選んでから、いろいろな働き方や生き方があることを知り、選択肢が増えたことが大きな収穫となった。仕事=人生ではないことを確信した(この考えが正しいかどうかは分からないけれども)。

自分に合った「ナリワイ」を得て、マイペースで生きていこうというビジョンを持つことができるようになった。将来を悲観的に考えることはなくなった。確かに未だに不安はあるけれども、その不安に押しつぶされることはなくなったように思う。

 

未だに「真っ当に生きろ」という同調圧力に晒されることもあるけれども、そういうものは受け流して、僕はすいすいと世の中を渡っていきたい。

どうせいつかは死ぬ身なら、面白く楽しく生きたい。