希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「セカンド・チャンス」が許されない社会は閉塞感に覆われるという件

僕たちが生きているこの社会はなかなかに「やり直し」がきかない社会である。

セカンド・チャンス」をものにすることが難しく、そもそも「セカンド・チャンス」の機会すら与えられない場合が多い。

 

どんな人でも生きていれば様々な障壁にぶつかる。

思うようにいかないこと、うまくいかないことだらけである。

志望校に落ちる、今働いている会社に馴染めない、リストラに遭う、勤めている会社が倒産する、心身が不調になる、配偶者とうまくいかない、子どもが思うように育たないなどなど。

平穏無事にずっと人生をやり過ごすなんて無理な話なのである。

 

人は必ずと言っていいほど失敗を犯す。

その失敗には色々なものがあり、時にはそれをカバーすることが難しそうなものがある。重大な犯罪行為を犯せば、罪を償っても社会復帰が難しい。会社を経営していて倒産の憂き目に遭えば、そこからやり直すことも困難である。ある程度以上歳をとってから職を失えば、転職することも自分でビジネスを始めることもこれまた難しい。

 

僕は社会保険労務士事務所を自営していて廃業に至った経験を持つ。

この時は立ち直れないんじゃないか、というほどに落ち込んだ。次に何をすればいいのかが分からず、途方に暮れた。そもそもこんな僕みたいな敗残者をこの社会が受け入れてくれるのか、と捨て鉢な気持ちにさえなった。実際に僕の専門領域である人事や労務管理を担うような仕事に就くことができなかった。僕の「セカンド・チャンス」への道は殆ど閉ざされていたのである。

 

僕の周囲には会社を潰してしまった経営者や職を失った人たちがいた。その後立ち直った人もいるし、音信が途絶えてしまってどうなったか分からない人もいる。この両者を分けた要因は、能力や意欲の差なんかではない。そんなに単純に割り切れるものではない。おそらくはそれまで築いていた人的ネットワークと運がその後の命運を分けたのだと思う。

事務所を潰した僕にしても、周囲にいた「失敗した人たち」にしても、世間の冷たさを肌身に感じていたのは同じである。事業が上手くいっていた時は人が寄ってくるけれども、一旦うまくいかなくなると蜂の子を散らすように去っていく。いざやり直そうとしても、手を貸してくれたりする人はほとんどいない。ゼロからの再出発ではなく、マイナスからの再出発を余儀なくされるのである。

 

なぜこの国、この社会では一度失敗した人たちに対して冷たく非寛容なのか、あるいは時として排除してしまうのか。必死に立ち直ろうとしてもがき苦しんでいる人たちに手を差し伸べようとしない人たちが多いのか。「ムラ社会のメンタリティ」や「島国根性」の残滓なのか。確かな理由が僕には分からない。

 

人は誰しもが失敗しするし、うまくいかなくなることもある、ということは自明のことである。

この事実から多くの人たちは目を背けたいのであろうか。

明日は我が身という思いに至らないのはなぜなのか。

一度失敗した人たちが立ち直ろうやり直そうとしているのに、そういった人たちに対して寛容になれないのはなぜなのだろうか。

こうしたメンタリティに陥る理由についてもやはり僕は分からない。

 

セカンド・チャンス」が許されない、「やり直しがきかない」社会は当然に閉塞感に覆われる。公の政策がどうのこうのといったレベルの話ではない。この社会の「ありよう」が問われるものである。

一度や二度失敗してもやり直しができる社会が健全で生きやすい社会である、ということが共通認識になるようにひとりひとりが意識を変えるほかないように思う。

そのためにはまずは自分がやり直そう立ち直ろうとしている人たちを目にし耳にしたら、暖かな眼差しを向け、自分ができる範囲で手を差し伸べることだ。決してこれは無理難題ではない。「お互いさま」の精神で、自分ができることを行動に移す。

僕はそういう人でありたい。