希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

もう少しだけ「学歴」の話をしようと思う件(高校編)

僕は学歴至上主義者ではないが、やはり学歴に関してはこだわりがある。

仕事を得る際には「選別」を受けざるを得ないけれども、その基準として学歴を用いるのは悪いことではない。家柄や生まれ、あるいは階級などを基準とする社会よりはよっぽどましであると考えている。

 

僕が学歴というものを意識し始めたのは高校入試のときである。僕は公立高校で家から近いところに行きたかったのだけれども、当時の担任や周囲の人たちは学区のトップ校に是非に行くように僕に勧めたのだ。

僕はそのトップ校に憧れを持っていたけど、いざ入学してついていけるのかが不安だった。中学校の時には塾にも通わず、予習復習の習慣を持たないままやり過ごしていたので、急に日常生活に勉強が入り込む生活が想像できなかったのだ。

 

なんだかんだで結局僕は学区のトップ校に進学した。

入学してからしばらくはカルチャーショックの連続だった。

まず、授業をクラスのみんなが静かに聞いていることに驚いた。僕が通っていた中学は校内暴力の嵐が吹き荒れていて、半分くらいの授業が成立していなかったからだ。

次に授業の進度が、特に数学と英語のそれが異常に早かったことである。1年生の2学期の途中までに1年生の内容をすべて終わらせる進度だった。

それに加えてそんな進度の早い授業にほとんどの生徒が難なくついて行っていて、先生からの質問にすらすらと答えていたことも驚きだった。

僕は「えらいこっちゃ」と思い、英語と数学は予習するようになった。そうしなければ授業についていけなかったからである。僕は生まれて初めて毎日家庭学習をするようになったのである。

 

僕が入った高校は明治時代に創立された旧制中学であって伝統校で進学校であった。ただ、大阪の郡部に位置していたので大阪府のトップ校(北野高校や天王寺高校のような)ではなくローカル進学校ではあったけれども。

大阪の公立のトップ校はどこも自由で生徒の自主性を重んじる校風である。僕が入った高校も自由で校則らしいものもほとんどなく、居心地の良いところであった。勉強も強制されず、よく言えば「自由放任」悪く言えばほったらかしであった。そのことによって僕の学校嫌いはかなり矯正された。

 

かの高校の良いところは、文化祭や体育祭のような行事に真剣に取り組むことであった。これらの行事の前には夜遅くまで残って準備をしていた。たとえ大学入試を控えている3年生であってもその期間は勉強を犠牲にしても文化祭や体育祭を盛り上げることに注力する生徒が多かったのである。

僕はこの点にトップ校・伝統校の美点があり、また矜持が存するように思う。

勉強に限らず、物事に取り組む「意欲」が高いところがキモなのである。

大学への進学実績が高いことや社会に出てリーダー的な存在になる生徒が多いのは単に学力の差だけではなく、このような「意欲」、物事に取り組む姿勢の差によるものなのである。

僕の友人たちを振り返ってみても、いわゆるガリ勉タイプの奴は皆無で、適当に勉強をして、適当に遊んでいるような奴らであった。クラブ活動に熱心に取り組んだり、ちょっと難解な本を読んだり、映画や音楽に熱中したり、と決して勉強オンリーの高校生活ではなかったのである。

 

僕は何も自分の通った高校自慢をしたいわけではない。

僕は運良く良い高校に入れたこと、そこでナイスな友人たちと出会えたことをただ感謝しているのだ。僕の人生に多大な影響を及ぼしていることを今になって再確認している。

学歴と言えば出身大学を問われることが多いけれども、出身高校がどんなところであったか、どのような高校生活を送ったかも重要なことなのである。

 

僕は100%の高校生活を送れたわけではないけれども、なかなかに素敵な高校生活だったと今も思っている。

今の僕の「自己肯定感」はこの高校時代に育まれた部分が多い。

今はビンボー生活を送り続け、ダメ人間まっしぐらの僕ではあるけれども、何とかプライドを保ちながら、自分を見失わずにいられるのも、あの高校3年間があるからだ、と確信している。