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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「家族団らん」が当たり前だと思っていた件

僕は高校を卒業するまで両親と暮らしていた。

数年前に父の死をきっかけとして実家に戻るまで20年以上ひとり暮らしを続けていたことになる。

両親とともに暮らしていた頃の記憶はかなり薄れてきているのだけれども、家族団らんの雰囲気は未だに覚えている。

父は必ず晩酌をしていて、そんなに僕と会話を交わすことはなかったけど、父が常に夕食の席にいるというだけで安心感のようなものがあったことを覚えている。

 

父は大体6時過ぎに仕事から帰ってきていた。年に1,2回、決算期のときにちょっとだけ遅くなることはあったが、残業は全くせずに早い時間に帰宅していた。

だから、僕は夕食の家族団らんは当たり前のことだと思っていた。どの家もうちと同じだと思っていたのだ。

高校生の時に仲の良かったガールフレンドが自分の父親はいつも深夜に帰宅するという話をしてとても驚いたことがある。たぶんガールフレンドのお父さんは大企業に勤めていたのだと推察される。友人連中に聞いてみると、大抵はガールフレンドのお父さんと似たり寄ったりで帰宅は遅いということだった。世のお父さんたちの多くは僕のところとは違って、「企業戦士」として夜遅くまで働き詰めに働いていることをそのときに知ったのである。

 

僕の父はいくつもの職を転々としたらしいが、僕が物心つく頃は中小企業の財務・経理責任者の仕事をしていて安定した状況だった。

僕が中学生のときに父の勤めていた会社が倒産したが、すぐに同じ職種で別の会社に転職できて、その会社で70歳まで勤め上げた。そのおかげで僕は私立大学に行くことができたのである。さらには長い間サラリーマンをしていたおかげでかなりの額の厚生年金を受けることができ、亡くなってからも母がそこそこの額の遺族年金を受けることができていて、僕は今少なからずその恩恵を受けている。

 

僕は父の働きぶり等にかなりの影響を受けている。

あいにく父の持つ勤勉さや真面目さは受け継がなかったけれども、定時退社が当たり前で残業なんかしない、会社と一定の距離を置くという態度は受け継いでいる。僕が長時間労働や残業を忌み嫌うのは、父の働き方に共感し、家族団らんが当たり前のこととして我が家に定着していて、そのことが良いこととして僕の心に刻み込まれていたからである。

もし、僕が結婚して家庭を持っていたならば、かなりの確率で家族団らんに重きを置くマイホームパパになっていただろう。でも、まあこれはないものねだりである。

 

僕は今は亡き父にとても感謝をしている。父を支え続けていた母にも感謝をしている。

父は無名のままに人生を全うしたけれども、何気ない「普通」の日々の積み重ねがとても大切なことだと僕に気づきを与えてくれたことが僕の財産となっている。

父をまじえた家族団らんの日々がもう戻ってこない、ということに時々淋しさを感じる。

父が生きているときにもうちょっとだけ父と話をしておきたかった、と思う。