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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「人権啓発」活動をわざわざする必要があるのかという件

僕がずっと住んでいる大阪(兵庫県も)というところは古くからの被差別部落が多数存在し、在日朝鮮人も多く住むという土地柄である。

そのためか人権に関する教育が小学生の時から学校で行われ、大人になってからも関連のイベントが多く行われている。人権啓発に特化した施設もある。

 

僕は一時期「人権啓発」に関わる活動をしていたことがある。

半分公的な団体が持つ劇団に加入し演劇活動をしていた。いわゆる市民劇団というやつだ。

1年に7か所か8か所かの区民ホールを巡回して人権に関する演目を上演する。

僕はその前に所属していた劇団でのチケットノルマの負担に辟易していて結果退団していた。市民劇団にはチケットノルマがないので、あまり後先を考えずに加入することにした。自分の懐具合を優先した選択だったのである。

 

その劇団で活動しているときに演目を巡って劇団内で紛糾したことがある。僕が演劇をしている友人が書いたあるシナリオをその年の演目にしたらどうか、と提案したのだ。そのシナリオは直接的に人権問題を扱ったものではなかった。「家族」の脆さ、家族制度の存在意義を問う内容のものだった。そのシナリオはある劇団ですでに上演されていて、僕はその公演を実際に観て、面白いと思ったから自分たちでもやってみてはどうかと考えたのだ。

演目を決定する会議では主に若手の劇団員たちは好意的に僕の提案を受け入れた。ただ古株の劇団員は難色を示した。理由はただ一つで「人権問題」を直接取り扱っていないからだ。彼らの頭には人権問題と言うと被差別部落在日コリアン、男女差別といったものしかなかったのだ。彼らは演劇の質や内容よりも、人権啓発に重きを置く発想しかなかったのである。

僕は決まりきった「人権啓発」に疑問を感じ、さらに言えば演劇と言う手段を用いるからには一定以上のレベルの内容・質を有するシナリオを演じるべきだと考えたのだ。劇団である以上それはごく当たり前のことである。

それとその劇団は創設して10年以上が経っていてマンネリ気味だったので、それを打破する意味合いもあった。

すったもんだがあって僕が提案したそのシナリオが採用された。

そしてその演目は概ね好評だった。

僕はその年の公演を最後に劇団を退団した。

 

長々と僕の経験談を書いてしまった。

僕はこの経験を経たことにより、ますます人権啓発というものに懐疑的になった。

このブログで何度も書いているが、僕は人権思想というのはひとつのイデオロギーに過ぎないもので絶対的な真理ではないと考えている。ただ、絶対的な真理ではないにしても、大切にしなければならないものだとの認識は持っている。

 

僕が人権啓発というものにいかがわしさを感じるのはいくつかの理由がある。

「上」からの啓発活動自体に抵抗を感じること(「上から目線」が嫌だ)。

人権問題は多岐に渡るが、時として特定の問題(例えば部落解放)に焦点を絞りすぎて、人権問題を矮小化するするおそれがあること。

特定のイデオロギー(右にしろ左にしろ)を宣伝する手段に陥ってしまいがちであること。

他にもあるけれども、大体はこんなところである。

 

そもそもが人権を啓発すること、人権教育そのものに無理がある。

「上」から人権思想を植え付けたり、学校教育で教え込もうとする発想自体がいかがわしい。

子どもにしろ大人にしろ、他者との関わり合い、社会と向き合う中で人として尊重すべきことを肌感覚で身に付ける、それが人権感覚を身にまとう第一歩である。

この肌感覚を基に人権思想の歴史的経緯やその概念を学べばよい。

端から絶対的真理の人権思想ありき、ではダメなのである。