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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

意識して作った人脈はほとんど役に立たないという件

社会について考えてみる

僕が社労士事務所を営んでいたころに(10年以上前)「人脈つくり」ブームが巻き起こっていた。長期間不況が続き、それまでの社内で完結した人脈だけではどうにもならなくなってきていたのだろう。あちらこちらで異業種交流会が立ち上がり活況を呈していた。

僕も営業活動の一環として異業種交流会に積極的に参加していた。尤も仕事につながらなくても面白い人たちと知り合いになれれば、という思いの方が強かった。ひきこもり気味の今からは想像できないほど、当時の僕はアグレッシブだったのである。

 

数多くの異業種交流会に参加した結果はどうだったかというと、仕事に直接つながる出会いは少なかった。僕がチョイスした交流会がフリーランスの僕にマッチしていなかったのかもしれない。殆どの交流会では参加していた人たちの属性が起業志望の人(これらの人たちが起業するのは稀である)、営業職のサラリーマンが多数派でフリーランスや経営者は少数派であった。特に外資系の生命保険会社の営業職が多かったことを記憶している。

今から思えば異業種交流会というものは主宰者やその取り巻き連中のみにメリットがあり、参加者には大したメリットはない代物であった。交流会の界隈での「有名人」は規模の大きな会の主宰者たちだったが、大した人物は皆無だった。

 

結局僕の仕事につながった出会いが生まれたのは有名な大規模な異業種交流会ではなく、小さな勉強会であったり、小さなコミュニティであったり、変わったところでは劇団での共演者だったりした。その他では当時僕が講師をしていた職業訓練校の受講生経由の依頼が結構な数あった。

要するに意識して自分から人脈を作りに行ってそれなりに関係ができたとしても仕事にはつながらなかったが、人脈作りをあまり意識しないで参加したコミュニティ等で仕事が生まれたのである。

これが人脈作りの難しいところであり同時に面白いところである。

よくよく考えてみれば、「仕事をくれ」とギラギラした眼で人を物色している場で良い出会いが生まれるわけがない。そのような場では自分を「盛る」し相手を仕事につながるかどうかだけで値踏みする。

僕は幾つかの経営者の勉強会や昼食会等(それほど大きくない会)に参加したが、そこではビジネスの話というよりもどんな本を読んだかとか歴史の話とか時事問題とかの話が主で誰もがギラギラしていなかった。しかしながら、そのような場であるがゆえにビジネスが成立するということを目の当たりにした。このことに気づいてから異業種交流会から僕の足は遠のいた。

 

意識して作る人脈、ありていに言えば仕事をもらうための人脈作りはそのことだけを目的にしていれば徒労に終わることが多い。

僕がフリーランスをしているとき、その間どうにかこうにかやってこれたのは意外なところから仕事の依頼が来たことと、ちょくちょく紹介の事案があったことによる。

僕が再度なんらかの仕事をフリーランスで始めるときには過去の経験を活かしたいと思っている。仕事を取ることばかりに気を取られた人脈作りは自分の眼を曇らせてしまうということを忘れないでいたい。