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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

転職を繰り返すジョブ・ホッパーこそが組織に縛られない働き方であるという件

働くということ 社会について考えてみる

今はかなり様相が変わってきたが、何度も転職を繰り返す人は高い評価を得ることができなかった。たとえ能力に秀でていても「堪え性がない」「協調性がない」とみなされて会社社会では評価されなかったのである。

ある人が犯罪を犯したときにその経歴を伝える際に何度も転職をしていたとしたならば、その事実をネガティブなものとしてとらえる風潮があった。

 

僕がかつて社労士の廃業を模索し就職活動をしていたときに何社か人材紹介会社に登録したが、案件の中で転職回数を2、3回までと制限していたものが多かった。中堅規模以上の会社のほとんどが転職回数が多い人たちを排除していたのだ。その人の能力やスキルに関係なく転職が多いという事実だけで採用の機会を与えない。会社は本来は労働者の能力を買うものなのに、実態は無難に組織の一員として収まる人を求めているのである。

 

かつては欧米でも転職を繰り返す人たちを「ジョブ・ホッパー」と呼び歓迎されていなかった。

年功序列・終身雇用をデフォルトとする社会ではジョブ・ホッパーは異端者であり、真っ当でないとみなされていたのだ。

ジョブ・ホッパーの経歴をもつ企業家・創業者、フリーランスでの成功者が多いのは、企業社会のつまらない掟に背を向けた結果として自分で仕事をつくる人たちがたくさんいたからである。

 

僕はこれからの働き方は組織人ではなく仕事人であることが必要であると考えている。組織に埋没するような働き方ではなく、一定レベル以上の汎用性のあるスキルを磨いて、自分の力を頼りに会社を渡り歩く働き方がベターであると思う。

現在は仕事人的な働き方が評価をされつつあるが、相変わらず組織人を求める会社も多い。転職を繰り返す人たちをネガティブにしかみなさない会社も多い。労働者を会社という組織に「囲い込む」のは組織の病理である、と気付いていない会社が多数を占める。

元々会社の人事労務システムは軍組織・官僚組織を範としている。経済成長期にはうまく作用したこのシステムも今や制度疲労を起こしている。

 

一部の幹部候補的な社員はひとつの会社に勤め続けることにメリットがある。昇進を重ね、ゆくゆくは経営者や幹部に取り立てられる。出世コースから外れたゼネラリストは使い道がほとんどなくなるというのが現実である。出世することに価値を見出さない人たちは不毛な出世レースから降りて、自分のスキルで勝負できる仕事人となることが合理的な選択である。そもそも同じ会社に何十年もい続けることを善とする価値観を疑ってかかるべきである。

所属している会社での居心地が良くないと感じれば転職してもよいし、起業してもよいしフリーランスに転向してもよい。選択の幅が増えると余裕をもって働くことができるようになる。

仕事人的な働き方をしている人たちにとっては、ジョブホッパーとなることが組織に縛られない生き方を選び取ることになるし、生き延びるための有効な手立てとなる。