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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

内面や私生活に介入されたくない件

僕たちはどのような思想や信条を持とうとも自由である。たとえそれらが現体制の破壊を企図するものであっても内面で留まり表立っての行動に出ない限り自由を侵されることはない。また自分の私生活を他者にとやかく言われる筋合いもない。

こんなことを書くと何を当たり前のことを言っているのかと言われそうだ。この国は表向きは自由主義国家であり全体主義共産主義の国家ではない。

 

ところが組織、特に会社に属すると内面の自由が侵され、私生活に過度の統制がなされることが往々にしてある。

今ではかなり減ったが、新入社員に対する「洗脳研修」なんか最たる例である。会社に盲従する社畜を作り上げるための理不尽な研修があちらこちらで行われている。会社教の信者とするような行為は後を絶たない。

実際の職場においても経営者や上司による部下の内面や私生活に対する過剰な統制は今尚なされている。

個人の内面に対する介入はタチの悪いことに「自己実現」や「成長」の名を借りてなされていることが多い。個人の労働観や人生観はひとりひとりが自律的に育むものであって会社等が押し付ける性質のものではない。ましてや経営者の人生観の押し付けなんてあってはならないものだ。たとえ「名経営者」のものであってもである。松下イズムや稲盛イズムなんて自分の頭で考えることができないバカ経営者が従えば良いだけのものであって、社員にまで押し付けるのは全くの愚行である。

 

バカな経営者や上司ほど部下の内面や私生活をコントロールしたがる。自分たちが大した生き様を見せられないことを余所にして、働き方はこうあるべきだとか、陳腐な人生訓を垂れたがる。また休みの日はこう過ごすべきだとか、早く結婚しろなどと私生活にまで口を出したがる。

会社の目的は利益の極大化であり、部下へのコントロールはその目的に沿ったものでなければならない。バカ上司はそれを忘れて、部下のコントロールそのものが目的になるという本末転倒なことになってしまっている。また、その手の輩は何事も「会社ありき」で考えてしまうので、有能な部下からはソッポを向かれるのである。

 

僕の想像を超えて信じられないことが会社ぐるみの選挙協力である。会社が与党野党に関わらず、特定の政党や候補者に投票を強いる行為は個人の思想信条の自由を侵す憲法違反ではないのかという疑問、あるいはその会社の強制に従う社員がいることが信じられないのだ。選挙権の行使は重要な権利であり、侵されてはならない「自由」である。そんなアイデンティティに関わることさえも会社に左右されること自体が危険なことであり、この国の奥底に巣食う病巣であると思えてならない。

参政権に限らず僕たちが享受すべき権利や自由がたかだか会社というものに侵されているという深刻な事態をもっともっと問題にしなければならない。

 

内面の自由や私生活は最も大切に扱わなければならないものである。

僕は自分の私生活をあれこれ言われたくないし、自分の持つ労働観や人生観等の価値観も他者にあれこれ言われたくない。ましてや会社、経営者や上司なんかに絶対に言われたくないし、従う気などさらさらない。

僕の内面や私生活に介入する者は「敵」である。