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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

会社を辞めることなんて大したことではないという件

サラリーマンは気楽な稼業だと、昔に植木等が主演した映画では描かれていた。昔は昔で勤め人の苦労はあったと思うが、今ほど被雇用者が多くない時代にはサラリーマンは憧れだったのかもしれない。宮使い、月給取りとも言われ、サラリーマンは「安定」しているという幻想を与えていた。

 

僕も経験があるが、一見安定した会社や役所に身を置くと、その立場を捨てることに強い抵抗を感じるようになる。たとえ、その仕事内容がつまらなくて、時間の無駄だとさえ感じられても、「安定」した立場を捨てることにかなり躊躇するようになる。そして、あれこれ考えて決断を先送りしていると、見事に組織の論理に絡み取られて、立派な会社人間が出来上がることになる。

 

誤解しないで欲しいのだが、僕は何も無理に会社を辞めろと煽っているわけではない。我慢できるのならば、今働いている職場で居続けたほうがよい。毎月決まった額の給料を得られるということは生活の安定というだけでなく精神的にも楽である。

しかし、どうしても今の職場でいることが耐えられないこともある。組織に属して雇われていること自体に耐えられない人もいる。そのような人たちは会社を辞めてリスタートした方がよいはずである。けれども、会社を辞めても次に働く場がない、あるいはあっても待遇が悪くなると考えて腰が重くなっている人たちは多いと思う。独立・起業するにしてもアイデアがない、資金がない等で二の足を踏むことになる。

 

僕は自分の実体験からもこう思う。

会社を辞めても何とかなるものだと。

自分が体験した狭い範囲の視点で軽々に言ってはいけないとは思うが、ある程度の意欲さえ持ち続けていれば何とかなる。

 

多くの人が会社を辞めるに辞められないのは今の生活水準を落としたくないからだ。僕は今の生活水準が本当に適正なものかを突き詰めて考えるべきだと思う。余計なモノを買い揃えていないか、余分な生命保険に加入していないか、住んでいる所は立派過ぎないか、食費を無駄遣いしていないか等、家計のリストラをしてみる。例えば、月に最低でも30万円必要だと思っていたところを、月に20万円、15万円と切り下げても生活が可能にするのだ。ここで注意したいのはケチケチするのではなく、消費社会のドグマに毒されているような支出を削り、ある程度のゆとりを持たせた最低生活費を設定することだ。

今時、月給30万円を超えるような仕事(自営にしても雇われるにしても)を見つけるのは難しいが、15万円・20万円程度なら何とかなる。仕事はひとつだという考えに捉われずに複数の仕事を持ってもよい。

高坂勝さんが提唱しているダウンシフター的な生き方・働き方をしてもよいし、『里山資本主義』で述べられているような地域の中で「生業」を持って生きるのも選択肢に入れると案外道は開けてくる。働き方は色々あって、別に会社に勤める形だけではない。

 

消費を煽られ消費が美徳だと、カネを多く稼がなくてはいい生活ができないと、僕たちは思い込まされている。

この国の経済指標の向上には寄与しないけれど、でも自分の生活が豊かになる方法を改めて追求すべきときなのかもしれない。

 

余計なモノを買わない、働き過ぎない、ヒマな時間を楽しむ、というように価値観の転換を図ると、会社を辞めるなんてどうってことないと思えるようになる。