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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

行き過ぎた競争は地獄への道につながるという件〈再掲〉

競争も度が過ぎると弊害が多くなってくる。特にゼロサムゲーム

的な競争が常態となると様々な問題が生じる。

競争が社会の発展につながり、競争によって活力が生まれるなんて一面的な物の見方に過ぎない。

 

初出 2015/12/24

 

僕は基本的には競争を是とする考えを持っている。競争がなければ人は成長しないし、社会も停滞すると思っている。人は平等であるべきだが、何でもかんでも平等なわけがない。競争によって生じる差別はある程度は甘受しなければならない。現実は様々な基準によって人は選別され差別されている。

 

しかしながら、ものには限度がある。

行き過ぎた競争になると弊害も多くなる。

競争になじまない領域に競争原理を持ち込むと悲惨なことになる。

例えば医療・福祉・教育に過度の競争を持ち込むことは結果としてそれらの領域の崩壊を招くことがある。

医療にしても福祉にしても教育にしても、大切なのは一定レベル以上のサービスを誰にでもどこでも一律に提供することである。カネ持ちだけが高いレベルの医療や教育を受けることができて、カネのない者は排除するということがあってはならない。

 

医療・福祉・教育の領域におけるサービスは無差別平等に提供すべきものである。各々の病院や施設、学校は質の向上を図る努力を怠ってはならないが、競争原理に埋没することは絶対に避けなければならない。公的セクターや私立に関係なくである。

 

例えば福祉の領域では、高齢者や障害者はその資力に関係なく自立支援のためのケアを受ける権利を持っている。また、どの施設を選択したとしても一定水準以上のケアを受けられるようになっていなければならない。施設の側から見ると一定レベル以上のケアを提供していれば余程下手な経営をしない限り、経営が安定することが望ましい。

しかし競争原理が幅を利かせるようになると資本力の大きさによって施設の淘汰が起こるおそれが出てくる。チェーン展開しているような大規模施設のみが残るようになっては健全とはいえない。地域に密着した良質なケアを提供する小さな施設が生き残れないような状況は不健全である。

 

教育、特に義務教育段階での学校間での競争も良いことばかりではない。いや、むしろ害悪の方が多いように思う。基礎的な学力は絶対に必要なものであることは論を待たない。学生の家庭環境によって差が生じるものであってはならない。つまり裕福な者だけが高水準の教育を受けるような状態になってはならない。

公立の小中学校で競争を強いるとどうしても地域間格差が生じる。所得水準の低い地域の学校が荒廃するおそれがある。義務教育で教育格差が生じると、そのまま貧困の連鎖が起こり格差が固定化する。

 

医療・福祉・教育の領域で格差が生じると社会の不安定化を招くおそれがある。これらの領域では国家の介入が必要であり、過度の競争を抑制する必要がある。「民営化」や「競争原理の導入」で問題がすべて解決するという単細胞脳しか持たない輩の跋扈を許してはならない。

行き過ぎた競争は地獄への第一歩であることを忘れてはならない。