希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

「ウチの会社(部署)で頑張ればどこでも通用する」は真っ赤な噓という件

人は誰しも今自分が置かれている状況を正当化したいものだ。特に仕事に関してはその傾向が強くなる。ブラック企業で働いている人たちが全員辞めないのは、転職に不安がある、生活ができなくなるといった理由であろうが、その会社での自分の頑張りがただの無駄骨だったと認めたくない深層心理が働いているからである。

 

サラリーマンのあるある話のひとつとして、このエントリーの表題にした「ウチでやれれば、どこでもやっていける」といった類の言葉が日常的に吐かれていることだ。

この言葉は全く非合理的であり、根拠のない妄言であると断定できる。

その手の言葉を吐く人たちは今の自分の置かれた状況・境遇を正当化したいだけである。ただの自己満足である。そうとでも言っておかなければやってられないのだ。

また、その手の言葉を言う人はその会社でしか働いた経験がない(あるいは転職回数が少ない)人が多く、他社との客観的な比較もしていない全くの主観的なもので説得力が皆無である。

 

そもそも論として、ある会社で通用したからと言って他社で通用する保証は全くない。その会社で得たスキルや経験が汎用的に通用することなんてレアケースである。そんな立派な会社なんてほとんど存在しない。

せいぜいがその会社で得たスキルが別の会社では一部のみが通用するといった程度のものである。

 

ではなぜ、「ウチでやっていければ、どこでも通用する」といった物言いが幅を利かせているのだろうか。こんな不合理で根拠のない言説が罷り通っているのだろうか。

ひとつは前述したように、自己正当化のためである。この手の言葉を言いたがる人が働いている職場は多忙でしんどい所が多い。劣悪な労働環境下で働いている自分を鼓舞したり慰めたりする方便としての言葉なのである。

他に考えられるのは、歪んだ愛社精神の発露であるということである。ウチの会社はしんどいけどきっとこの経験が役に立つという思い込みが強い場合である。

先にも述べたが、ある会社で得られた経験やスキルなんてたかが知れている。汎用性のあるスキルなんてそうそうない。これらのことが理解できていれば、客観的に冷静に自分を見つめることができるのだけれども、なかなかそうはいかない。自分のやってきたことに固執するし、自分のやってきたことを否定されるのは誰でも嫌だ。

これらの要因が重なって、「ウチの会社でやっていければどこでもやっていける」的な言葉が先輩から後輩へと連綿していくことになる。

 

「ウチの会社で頑張ればどこでも通用する」なんて言葉を信用してはならない。特に経験の浅い若い人たちは注意をしなければならない。話半分として聞き流しておく態度を取っておいた方がよい。

「ウチの会社でやっていければどこでもやっていける」という呪文のようなこの言葉はサラリーマン根性を凝縮した魔の言葉なのである。