希望の舎―再生編ー

ライフサポーター&開運アドバイザーが書き綴るブログです。「あなたの心に灯をともす」ため、先人が伝承し語り継いできた叡智を伝えます。テーマは歴史/教育/宇宙論/仕事/居場所/心と体の癒し/健康法/開運法/運気アップ/民俗学/文化人類学/食養生法/少食/自然医学/甲田療法/中村天風/斎藤一人/エドガー・ケーシー/生きづらさ

介護の現場では「自立支援」は二の次になっている件

僕は介護福祉現場で体験して感じたことをこのブログに書いてきた。

今回はそのシリーズである(第何弾かは忘れた)。

 

僕が福祉系の大学で学んだことで心に残っていることは「ノーマライゼーション」の理念である。人はその能力に応じて、時には他者の手助けを得て、地域社会で自立して生きることが当然であるという考え方である。

ケアを要する人はADL(日常生活動作)の残存能力を活かし、また維持しながら介護者の手助けを受けつつ自立した生活を営むのである。

 

介護の現場ではケアワーカーは上述の基本的な考え方を踏襲して実際のケアに当たらなければならない。

例を挙げてみよう。

入浴においては洗髪や身体を洗う行為が伴うが自分で出来る事は自分でして、出来ないことだけをケアワーカーが手助けする。

ベッドや椅子から車椅子へ移動するときには、自分の力でできるまでの体勢を整えてからケアワーカーが移乗の手助けを行う。

 

要はいらないお節介を焼かないことがキモなのである。ケアワーカーがこまめに動いてあれやこれやと先回りしてお世話をしてはいけないのだ。それをすると、ケアを受ける人の残存能力が衰えて終いにはその能力を喪失してしまうからである。

 

しかし、実際の介護現場ではケアを受ける人の残存能力の維持・活用、自立への支援がなおざりにされている。こまめに世話を焼くケアワーカーが仕事ができる人だと看做されていたりする。

これらの事態が生じる理由は主に2つの理由が考えられる。

ひとつめは施設がタイムスケジュールを優先させすぎることから生じる。どの種類の施設にも多くの利用者がいる。入浴・食事・排泄の介助を手早く効率的にしないと業務が回らない施設が多いのが実情だ。多くの施設では利用者の人数に対して人手不足になっている。けれども、介護サービスを提供しなければならない。よって利用者の自立支援よりもケアの提供者側の都合が優先されるのである。

ふたつめはケアワーカーの認識不足である。前述したように細々と世話を焼くことができるタイプのケアワーカが良いとの誤った風潮が蔓延していることによる。僕が働いた施設のすべてでこのような雰囲気だった。

我慢強く気長に利用者の残存能力を活かすようなケアをしていれば、下手をするとできない人間扱いされてしまう。事実、ある施設では僕のケアのやり方に管理職からクレームがついたことがある。守秘義務があるので具体的な内容は書けないが、要は利用者の都合を無視してさっさとやれ、ということだ。

 

このような理由で(他にも理由はあるが)、多くの介護現場ではケアを受ける人たちの「自立支援」が有名無実となりないがしろにされている。

僕が関わった施設は特にひどいところではない。「平均的」な水準のサービスを提供している施設であった。特に良い評判はないが、かといって悪い評判もない、というレベルであった。

 

僕は自分が為したケアワークが正しいと言いたい訳ではない。こまめに動かなかったことは確かだし、仕事の流れを滞らせていただろう。経営者や管理職から見れば、扱いにくかったに違いない。雇われ人としては合格点には達していないかもしれない。

僕は今は介護の現場から離れて別の仕事に従事している。ずっと僕に纏わりついていた違和感に耐えられなくなり転職したのだ。

 

介護福祉業界で離職者が絶えない理由のひとつとして、僕が捉われていた違和感のようなものを感じた人たちが結構な数存在していることがあるのではないか、と僕は思っている。

 

介護福祉業界が抱える問題の根は深い。

このエントリーで僕が書いてきたことはその内のひとつに過ぎない。

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