希望の舎―再生編ー

ライフサポーター&開運アドバイザーが書き綴るブログです。「あなたの心に灯をともす」ため、先人が伝承し語り継いできた叡智を伝えます。テーマは歴史/教育/宇宙論/仕事/居場所/心と体の癒し/健康法/開運法/運気アップ/民俗学/文化人類学/食養生法/少食/自然医学/甲田療法/中村天風/斎藤一人/エドガー・ケーシー/生きづらさ

今真っ当に生きている人はたまたま運が良かっただけだという件

僕は常々思っている。

僕がどうにかこうにか生き延びてきたのは、たまたま幸運が重なった結果に過ぎないと。

良い両親の元で育ち、大学まで出してもらえて、生活に困ったときは援助をしてもらえた。そのおかげでドツボに嵌ることなく、50年近く生命の危機に晒されることなく生きてこられた。この事実を感謝せずにはいられない。

 

社会的地位や経済的に恵まれた人たちは己の運の良さに感謝しているのだろうか。

どうやらそんな謙虚さを持ち合わせている人は少数派だと思わずにはいられない。

いわゆる真っ当に生きている人たちの多くは今の自分があるのは自分の力によるものだと思い込んでいるのではないか。自分の置かれた環境が恵まれてたまたまうまくいっている、との思いが欠けているのではないか。

 

僕は貧困問題に強い関心を寄せている。

様々な事例を見ていくと、貧困状態に陥った人たちは「特別」な人なのではない。能力が劣っているわけでもない。

たまたま劣悪な環境に身を置いた結果として貧困に陥ったケースが多いのである。

例えば、自分の両親が経済的に恵まれていない、暴力を振るう、心身の病気に冒されていた等々である。子は親を選ぶことができない。たまたま自分が問題を抱えた親のもとに生まれたことによってハンデを負うのである。このハンデがその人の一生を通じて影響を与え続けるという不条理が存在する。

 

僕が許せないのは恵まれた環境下でのうのうと生きている人たちが、生活に困窮し絶望的な状況に陥っている人たちに「自己責任」を押し付ける卑劣な態度である。

特にエスタブリッシュに連なる人たちのそのような態度に接すると殺意に近い感情を覚える。

世襲の政治家や経営者は生まれながらに特権層に属している。バカでも品性下劣な人間性を有していても高い社会的地位や経済的な恩恵を自動的に受けることができる。さらにはこのバカたちが社会の支配層を形成する。エゴと欲にまみれ、弱者への想像力や共感力の皆無なこれらの連中が今のどうしようもない、ろくでもない社会を形作っているのだ。そして、このろくでもない社会で自分たちだけはいい思いをしたいといういわゆる真っ当な人たちがこの社会を補完している。何の罪の意識もなく。

 

今の自分があるのは自分の力のおかげだと思い上がっている特権層とそれにぶら下がり補完している者たちがのさばっているのが今のこの社会である。ろくなものではない。

自分の立場がたまたま運が良かっただけだという謙虚さを少しでも持ち合わせていれば、今のろくでもない社会は違ったものになっているはずである。

 

自分に対する「肯定感」を持つこと自体は大切なことである。しかしながら、たまたまうまくいっている人生に対して、自分を過信することは愚かな行為である。

 

僕は自分が生き延びることができているのは、たまたま運が良かっただけだという謙虚さを失わないようにしたい。

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