希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

人付き合いは悪くてもよい件

多くの世の人々の悩みの種は人間関係である。

仕事を辞める理由の大半は人間関係の悩みであるし、離婚にしてみても要は人間関係の縺れである。

この厄介な人間関係を少しでも良好にするために僕たちは人付き合いを重視する。

 

僕はこのブログで何度も人はひとりでは生きていけないと言ってきた。人と人との関わりあいの中で信頼関係が育まれ、それをベースにしてどうにかこうにか人は生きていくことができるとも書いてきた。

当然に人付き合いは大切なものである、という結論に行き着くことになる。

自己啓発系の本やセミナーはいかに人間関係を潤滑にするか、人付き合いをそつなくこなしていくかを説いている。

 

ちょっと待てよ、と例によって天邪鬼の僕は言いたくなる。

人付き合いが大切なのは十分に分かるけれども、それを金科玉条にしてもよいものなのか、と。

波長の合わない人と付き合うと疲れてしまう。説教をしたがるオヤジには絶対に付き合いたくない。同じ職場に勤めているというだけで、仕事以外の場で付き合うのはうっとおしい。

できることならば、自分と合わない人とは付き合いたくない。これが大半の人たちの本音である。

 

僕は働くようになってからは極力仕事以外での付き合い、飲み会や社員旅行には参加しないようにしていた。歓送迎会や忘年会・新年会といった必要最低限の行事のみに参加していた。それも一次会だけ出て、二次会には行かなかった。

結婚式にしても、学生時代の友人のものは二次会・三次会まで参加していたが、仕事関係の知人のものについては最低限の参加に留めていた。

 

人付き合いが悪いと確かに仕事に影響が出ることがある。上司や同僚の覚えも悪くなる。フリーランスの場合でも仕事をもらえなくなるケースも出てくる。

嫌々人付き合いをして仕事を取るか、人付き合いを取捨選択して自分の時間を大切にするかは、人それぞれである。僕は後者である。

 

僕自身の経験では人付き合いが悪くても、きちんと自分の仕事をしていればそれなりに依頼があった。まあ、もっともこれは「士業」だったからかもしれない。

 

僕は今は殆ど人付き合いをしていない。

イヤな奴とは同じ空間にいたくないし、同じ空気を吸いたくないからだ。どうせ付き合うならば、ちょっとでも分かり合える人と同じ時間を共にしたい。

嫌々する人付き合いで失うものと、取捨選択した付き合いで得られるものを天秤にかけてみて、後者の方がメリットがあると判断し、今の態度に終始している。また感情的にもイヤな奴と付き合わなくてもよいとなれば、とても気分が爽快になる。無駄な時間を過ごさなくてもよくなる。精神衛生上こんなに良いことはない。

 

人付き合いが悪くても、何の支障もなく過ごしていける。

気の置けない友人・知人との付き合いに限定しても、十分に暮らしていける。

 

僕の人付き合いの悪さは、僕があの世に逝くまでずっと続きそうだ。