読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

芸能・シャーマニズム・売春と差別についての件

歴史上最も古い職業は芸能民と遊女と占い師だといわれている。これらの職業はシャーマニズムアニミズムに源流がある。太古の昔の人たちは芸能の民や遊女に畏敬の念を抱いていた。普通の人たちからすると、神懸り的なものに見えたからだ。

そして、国家体制が次第に整ってきた古代から中世の律令国家となると、遊女や芸能の民は国家の末端に組み込まれた。「賎民」として扱われたのである。ただ、賎民として賎視はされたが、今で言う差別とは違った性質のものであった。一般の良民からすると、自分たちとは違うという意識があり、賎視と畏怖の念というアンビバレントな感情を抱いていたと考えられる。決して差別や迫害ということばかりではなかったのである。

 

律令国家が衰退し体制に動揺が見られだすと、末端の芸能の民や遊女、占い師等が国家の保護からはずれ、世間に放り出されることになる。

漂泊せざるを得ない人々は世間から偏見の目に晒され、排除されることになる。

時の権力者、公家にせよ武家にせよ、税負担する定着した良民こそが望ましい姿という点で一致していたのだ。

他方、漂泊を続ける芸能民や遊女はアウトサイダーとして偏見や差別の対象となる。

 

しかしながら、社会からの冷たい視線を浴び続けながらも、芸能は独自の発展を遂げる。今の時代にも残っている能や狂言、歌舞伎、人形浄瑠璃などは伝統芸として高い評価を受けている。

これらの芸能の内、能は足利義満が保護したためにいわば国家公認の芸能という地位を得ることになる。ただし、今も演じられている演目で傑作とされるのは義満の保護以前に創作されたものらしい。芸能は権力者と結びつき、自由奔放さを失うと作品のレベルが落ちるといわれる。

歌舞伎は何度も弾圧を受けながらも、庶民の人気を得て、河原乞食と蔑まれながらも、経済的にも大成功を収める。

 

国家権力の基盤が強固になり、その力が強くなればなるほど、異端者・アウトサイダーへの排除の論理が働くようになる。

社会的・政治的に好ましくないとカテゴリーされる集団を異端視し排除するようになる。

今の日本社会で好ましい集団はサラリーマンである。税金は源泉徴収で徴収漏れが少ないし、社会保険料も給料から控除して徴収できる。仕事が忙しすぎて社会運動や社会活動に参加するのは少数派である。このサイレント・マジョリティがこの社会を成り立たせている。

 

今の時代に白眼視されるのはニートやホームレス、引きこもり、フリーターフリーランスなどである。いわゆる真っ当な生き方をしていないと勝手に「まともな人」から見られている人たちである。

かつての漂泊の芸能民や遊女のような存在である。

 

僕は思う、強く。

国家権力の望むような生き方を拒否することに意味があるのだと。

たとえ、差別されたり排除されたりしても、である。