希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

我が身を守るために労働法の知識は必要だという件

僕の大学時代の専攻は社会学である。法律とは全く縁のない勉強を二十数年間続けてきたことになる。

僕が本格的に法律を学び始めたのは公務員試験を受けることに決めた大学3年生の終わり頃である。試験科目である憲法民法行政法を主に勉強した。これはあくまで試験に受かるための勉強であって、あまり法律を自分の身近に感じることはなかった。

 

そして、社会保険労務士の受験勉強のときに労働法と出会った。メインは労働基準法労働安全衛生法だったが身近に感じられる法律で、学ぶことが面白く感じられた。

加えて法律系専門学校の講師をする際に、労働法の担当となり、労働組合法をより深く学ぶことになった。同時に民法も担当したので、生活に密着した両方の法律をより深く学ぶ機会を得たのだ。

 

労働基準法労働組合法を学んだとき、労働者の保護がこんなになされているのかと感嘆した記憶がある。と同時に現実は労働者の権利保護が法律の通りになされていないことも目の当たりにした。

法律は存在するだけでは無意味で、権利を行使する者はその内容を自ら理解しなければならないと思う。

例えば労働組合法では、労働組合の権利をかなり認めている。エスタブリッシュメントにとっては存在して欲しくない法律である。敗戦後にGHQの指令で作られた法律だとはいえ、戦前とは180度転換し、労働組合の権能を保障している。

しかし、現在は労働組合の組織率が大幅に低下し、労働組合の影響力は小さくなっている。中小企業や非正規社員には殆ど組合がない。例外的に地域ユニオンが受け皿になっている程度である。

ただでさえ、立場の弱い労働者が権利を守るための抵抗手段を持ち得ない状況にある。

 

僕は労働法を早い段階で学ぶ必要があると思っている。特に労働基準法で個人の権利を知り、個人で解決できないときは労働組合法を学び、労働組合に加入して抵抗するということを知ることだ。

具体的には、中学校で労基法や労組法の入門的な内容を学び、高校生でその概要を学ぶのだ。

自分で自分の身を守る術を知ることと、他者と協力して(労働組合)自分たちの権利を守る方法を知っておいて損はない。

 

経営者やエスタブリッシュメントは、労働者が目覚めることを極度に嫌う。搾取や酷使ができなくなるからだ。現行のエスタブリッシュメントにとって都合の良いシステムが綻ぶことが嫌なのだ。

 

僕は何も現行の体制を転覆させようなどと、昔の労働運動や社会運動のような活動を勧めているのではない。

自己の生存のための闘いや安心して暮らせる生活を保障するための闘いは必要だと思っているだけである。

経営者の横暴を抑止するために、働く者は自己の有する権利を知っておく必要があり、抵抗の手段があるということを知っておく必要がある。

働く人たちには「弱者の戦略」が必要である。

 

普通に働き、ささやかな生活を送るために、労働法に基づいた権利や安心のある生活保障を要求することは決してはしたない行為ではない。