希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

人間関係をリセットしても困らないという件

僕たちはひとりでは生きていけない。

他者と関わりあいながら生きていく。

 

仕事においても私生活においても人間関係というものは常についてまわる。

この人間関係とは一筋縄でいかない厄介なもので、プラスに働くときもあればマイナスに働くこともある。

勤めている職場が厭になる理由、退職に至る理由の大半は人間関係の悩みであるといっても過言ではない。

 

僕は社労士事務所を畳んだとき、それまでの人間関係をリセットすることにした。特に仕事関係のみで利害関係があった人たちとの交際を絶つことにした。数は少ないが、信頼を置いている人たちだけ関係を続けることにしたのだ。

結果はどうなったか。

取り立てて生活に変化はなかった。煩わしさから解放されて楽になった。僕は携帯電話が嫌いなのだが、それまではこちらの都合を無視してかかってくる電話に悩まされていたが、それが無くなり快適に過ごせるようになった。

 

よく人間関係が大事だと言われる。

まさしく真理だと思う。

人生をより良くするために最も必要なものである。

しかし、僕たちは肥大した人間関係に絡みとられてはいないだろうか。カネや地位や肩書に伴って形作られた人間関係に束縛されているのではないだろうか。

自分の仕事を広げるためには肥大した人間関係が必要だし、さらに人脈を構築する必要もある。

仕事に邁進し続けるのならばそれもよい。

僕のように競争社会から一歩身を引いた者にとっては、そのような人間関係は不要なものである。

 

僕は人間関係を全く不要だと言っているわけではない。自分が付き合っていて「楽しい」と感じられる人たちとの関係だけで十分なのでは、と言いたいのだ。

現実問題として仕事でも私生活でも好ましくないと思っている人と付き合っていかなければならない。ならば、仕事のやり方を変えたり、生活の仕方を変えて、自分にとって心地よい人間関係を再構築することを試みても良いのではないだろうか。

このことによって仕事が減るかもしれない。

友人・知人の数が減るかもしれない。

でも、自分の人生がそれに比例して貧しくなることなんてない。

 

人間関係をリセットしても大丈夫だ。

友人や知り合いの数を競っても仕方がない。

当然に友人が多ければ良いという訳ではない。

ひとりでもふたりでも気の合う仲間がいればそれで十分である。

 

僕はダメ人間の僕を受け入れてくれる奇特な友や仲間を一生大切にしていきたい。

また、未来の友や仲間に出会えるときをワクワクしながら心待ちにしている。