希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

誰もが貧困に陥る可能性があるという件

僕は大阪のミナミ付近をぶらぶらしている時に、「ビッグイシュー」を売っている人を見かけたら必ず買うようにしている。値段は安いし、内容もなかなか読み応えがある。何より「ビッグイシュー」を売っている人がホームレスの人たちで、その売上げが自立の足がかりになることを知っているからだ。

ビッグイシュー」を買ったときは、たいてい売っている方と少し世間話をするようにも心がけている。プレッシャーにならない程度に励ますこともある。今の僕にはこれくらいのことしかできない。支援活動に踏み込む勇気がまだ湧かない。

 

貧困にある状態の中でも、最も厳しいのがホームレスに陥ることだろう。世間ではある誤解があり、「好きでホームレスをやっている」とか「怠け者の成れの果て」だと言われるが、決してそうではない。一部の人たちは好き好んでホームレス生活を送っているのだろうが、大部分の人たちは働いて屋根のある部屋で生活したいと願っている。

多くのホームレスの人たちは何がしかの仕事はしている。メジャーなところではアルミ缶集めだが、上述の「ビッグイシュー」の販売もそうである。

 

いわゆる普通に生きている人たち(仕事をして住む家がある人)から見て、貧困状態にある人(ホームレスは分かりやすい例である)をどう思うのだろうか。

明日はわが身と思う人もいるだろう(僕はこれに当てはまる)。

あの人たちは特別で自分には関係ないと思う人も多いだろう。

 

 

 

今、そこそこの会社で正社員の職に就いている人が、会社の倒産やリストラに遭ったとき、または病気になり働けなくなったときのことを考えてみるとどうだろう。

すぐに再就職先が見つかった人はひとまず安心できるだろう。

 

中高年齢者の場合、正社員としての再就職はかなり厳しいので、雇用保険の受給期間が満了したり、蓄えが底を尽いているのに仕事が見つからないときはキツイ状態になる。

経済状態が悪くなったことを原因として家族関係が壊れたらもっと悲惨だ。

ホームレス状態の人たちをインタビューした著書を読むと、少なくない数の元大企業の正社員・管理職だった人たちが登場する。経営者だった人もいる。その人たちは異口同音に、自分がこんな状態になるとは夢にも思わなかったと述べている。彼らは怠け者で、能力の低い人たちだったとは思えない。たまたま運悪く、貧困状態・ホームレスに陥ったのだ。

 

僕たちは綱渡りの状態の中で生きている。

その綱から落ちれば、セーフティネットはあちらこちら破れていて、運が悪ければ底まで転落してしまう。

自助努力には限界がある。

生活保護制度は利用しにくい(特に現役世代は)。

生活保護に至る前の段階のセーフティネットを拡充する必要があると、強く感じる。