江戸時代には「主君押込め」という思想があった。
藩のためにはならない主君を家臣団が結束して隠居に追いやることを正当化した理論である。
徳川幕藩体制下の各藩では藩主が独裁体制を敷いていることが稀であり、大半は家老を中心とした合議制によって藩の運営がなされていた。幕府も同様である。
もしも、藩の存続を危うくする藩主が出たときには、家臣団が諫言して、最終手段として「主君押込め」をなすのである。
藩主が家臣の意見に聞く耳を持たないような暗愚な藩主は排除しても良いという理屈である。
一見「民主的」な理論である。
トップの独裁・強権発動を認めない理論であり、何よりも話し合いを好むこの国の風潮に見合ったものではある。
主君押込めが暗愚な藩主に対して発動されるケースばかりなら話は分かりやすい。
しかし、英明な藩主や「改革」を志向した藩主に対してもたびたびこの「主君押込め」が発動されたとしたなら話は変わってくる。有名な上杉鷹山も重臣によって押込められかけた。他にも各藩では改革を志した藩主が押込められたケースが散見される。
「改革」は通常は良いことのように思われる。
しかし、既得権層にとってはそうではない。自分の利権が脅かされることになると執拗に抵抗する。彼らにとっては「変わらない」ことこそ善なのである。現在でも何事かを変えようとする大臣に対して官僚がサボタージュで抵抗することがある。企業のトップが変わって改革を断行しようとするときに、幹部連中が抵抗するケースも多い。
藩主が改革を推し進めようとするときに、多くの場合自分の意を汲んだ腹心を重要な役に就ける。その腹心の身分が低いときには、旧来から重臣たちと対立しやすい。守旧派の家臣たちはまず腹心を排除する動きに出る。その腹心が失脚すると大概の改革は頓挫する。それでも藩主がめげずに改革を推し進めようとすると、守旧派は「主君押し込め」に動くのである。
守旧派を構成する層は世襲によって役職を受け継いでいる家臣団である。長年に渡って握り続けていた自分の地位や利権を手放したくないのもまた人情である。
改革の多くが不首尾に終わる根源的な理由はここにある。
江戸時代に起こった「主君押込め」の事例を単なる歴史上の出来事として現在とは無関係と切り捨ててはならない。
現在もあちらこちらで主君押込めが行われている。前述した官僚のサボタージュもそうだし、企業における経営改革においてもなかなかうまくいかないのは主君押込めのメンタリティが働いている場合がある。
極端な言い方かもしれないが、組織のトップはバカな方が良い、と思っている人が多いのかもしれない。トップのリーダーシップが重要という物言いがよくされるが、それは建前であり、自分の利権を守ることの方が大事だと考えている輩が多数派なのではないだろうか。
今の内閣のようにトップは多少バカで軽率でも、自分たちの既得権益を拡大するあるいは守り通してくれるトップが歓迎されるのだ。
「平時」には確かに上述したようなトップでもいいだろう。能力は抜きにして側近や重臣の神輿に乗った「何もしない」「何も変えない」トップが良い。しかし、「非常時」あるいはそうとまではいかないが流れの激しい時代においてはそうはいかない。やはり器量のある、グランドデザインを描けるような能力のあるトップが必要だと思う。
トップはバカの方が良いと嘯き、わが世の春を謳歌し続けている既得権者が我が物顔で世の中を闊歩する時代が終焉を迎える時が来るのだろうか。
微かな希望を持って、そのような輩が絶滅する時を待ち続けている。
今は小さな力を大きなものにするために少しずつ力を蓄えながら。