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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

僕がうつになった時の話をしてみる件

生きるということ よもやま話をしてみる

僕は今までに何度もうつになったことがある。

その殆どは軽度のものでわりと早く治ったが、一度だけ結構重症化してなかなか治らなかった。

今回のエントリーではそのときの話をしてみたい。

 

今から10年ほど前、僕が社労士として事務所を構え、フリーランスで仕事をしていたときのことである。

まず、胃腸の具合が悪くなった。食欲が湧いてこず、体重が減り続けた。

夜眠れなくなり、朝の目覚めも悪くなった。

何事にも意欲が湧かず、仕事に行くのも億劫になり、当時所属していた劇団での演劇活動を休みがちになり、読書すらもする気を失っていた。酷いときには入浴・食事・家事などの日常生活の営みを行うことも億劫に感じた。

そして、ベッドに横になっているときに、このままベランダから飛び降りたいという衝動が収まらなくなり、ベッドにしがみついてその衝動を抑えるのに必死だという状態になってしまった。この衝動はたびたび僕を襲った。ベランダから飛び降りる、というイメージが僕の脳裏から離れなくなってしまったのだ。

さすがにこれはヤバいと思い、色々調べてある心療内科を受診した。そこで「うつ状態」と診断され、薬物治療を受けることになった。しかし、状態は一進一退で推移し、なかなか好転しなかった。そこで信頼している人に相談したところ、現在も通院しているO先生の診療所を紹介され、藁をもすがる気持ちで扉を叩いた。O先生は専門は消化器科であるが、うつに対しても造詣が深い医師だった。転院してほどなく状態が良くなり、何とか仕事は通常通りにこなせるようになった。ただ、プライヴェート面での意欲は戻らず、読書は全く出来ない状態で、演劇活動は辞めることになった。

 

社労士事務所を業績不振で畳んだ後に、僕は顧問先であった神戸の福祉施設で働くことになった。そこでまた状態が悪化し、退職して実家に戻ることにした。実家に帰ってから1年間はほぼ引きこもり生活を送った。療養だと割り切って、無理に働くことを辞めたのが功を奏し、ほぼ完全に回復して現在に至る。

今は自分のペースで働くことに重点を置いていて、普段の生活も無理をしないことを心がけている。僕の生活ぶりは何度もこのブログで書いたとおりだ。ダメ人間であることを受け入れて、ダメ人間なりに楽しく生きようと心に決めている。

 

僕がうつになった原因は今もってよく分からない。僕の持って生まれた資質によるところもあるのだろう。

僕はずっと仕事で認められてこそ一人前であるという考え方に捉われ、社会的名声を得ようと無理を重ねていた。

この硬直した一面的な価値観の呪縛から逃れたときに、生き辛さがなくなり、うつから解き放たれたのだと思っている。

 

確かにうつのときは辛かったが、うつになったことによって新たな道が開かれたのだと考えることができるようになった。

うつになったことに、今は感謝している。