希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

僕は「現実逃避」をしていないという件

僕のブログに対する批判をいただくことがある。

その殆どが現実から逃避しているだけだ、であるとか所詮は競争に負けた落ちこぼれとかといった類のものである。

後者の社会の落ちこぼれというのは当たっている。まさにその通りだ。だからこそ、落ちこぼれなりの楽しい生き方についてあれこれと拙い主張をしている。万人受けするなんてこれっぽちも思っていない。落ちこぼれだと言われてもなんとも思わない。

一方、前者の「現実逃避」については当たっていない。僕はこの社会のあるいは世間の現実と普通の人たちよりも真摯に向かい合っているという自負を持っている。

仕事に感けて(会社人間あるいは社畜として)社会の矛盾や不正を見て見ぬふりをしてやり過ごしている人たちに僕の生き方や価値観をあれこれ言う資格は無いと思っている。

僕が「働きたくない」のは会社等の組織の論理に絡み取られた生き方を拒絶したいからである。僕はずっとフリーランス的な働き方をしたいと願っていて、今もその道を模索し続けている。いや、世間一般のフリーランスとはニュアンスが違う自由な働き方を模索しているのだ。「生業」をもって働き、生きていくといった方が近い。

 

そもそも「現実逃避」のどこが悪いのかという疑問もある。この社会の現実がある人にとってとても酷いと感じられるならば、一時その現実から逃れて自分を取り戻すということは人として当然の行為だと思う。

世間には様々なしがらみがあり、不条理なことも山ほどある。それらをすべて受け入れていたら身がもたない。

「現実から逃げるな」という物言いは、世間にうまく適応したいわば社会的強者の独善的なものに過ぎない。そんな世迷言にいちいち付き合うことはない。

 

繰り返して言う。

僕は現実逃避はしていないし、自分なりに現実と向き合っている。同時に時として現実から逃避することは良いことだとも思っている。

人間は弱い生き物である。その弱さを常に意識してこそより良い生き方ができると僕は思っている。人と人とが繋がっていくことができる。

 

僕はこれからも現実をしっかりと見つめて、現実と向き合っていきたい。

時には「現実逃避」をしながらも。