希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

労働基準法すら守れない会社は市場から退場すべきだという件

労働基準法は労働条件の「最低限」を定めたルールである。

その最低限のルールすら守れない会社が多すぎる。

儲けるためには労働者を酷使しても構わないという風潮は根絶すべきものである。

 

初出 2014/6/8

 

経済活動が自由競争であるにしても、一定のルールは必要である。品質の偽装をしないこと、不当な廉売はしないこと、カルテルを行わないことなどが挙げられる。

僕が最も遵守して欲しいルールは「労働者を酷使しないこと」「労働者の待遇を一定水準以上のものにすること」である。経営者が労働者を劣悪な処遇をすることを規制し立法化したものが労働基準法である。労働基準法はあくまで労働条件の「最低基準」を定めたものである。労働基準法を下回る労働条件で働かせることは、生存権を脅かすことにもなる。労働者が人並みの生活を営むことを保障することが労基法の意義であるのだ。

本来ならば労働者の待遇は労働組合と会社が協議して決めるべきものである。労使の合意事項は労働協約として締結され、法的拘束力を持つようになる。労働基準法の規定を上回る労働条件を労働協約で定めると、労働協約が優先される。労基法の水準に労働条件を切り下げることは許されない。ここに労働組合の存在意義がある。

ただし、すべての労働者が労働組合に加入しているわけではないので、未組織の労働者の労働条件を守るために労基法が必要となり、重要な法律としての位置づけがなされる。

 

以前から巷で言われている通り、労基法を完全に守っている会社はごく一部に過ぎないのが現実である。特に労働時間(長時間労働の蔓延)、時間外労働(サービス残業)、年次有給休暇解雇予告手当の支払い等において労基法違反が顕著である。

会社や経営者側は労基法を完全に守っていたら事業の継続が難しくなるという言い訳をよくする。労基法を守っていたら、会社の儲けが減るのでそれが嫌だというのが本音だろう。中小・零細企業の実態からこの言い訳にも一部の理があるようにも感じられる。労働者のサービス残業や長時間労働によって何とか回っている会社も多く存在するのも事実である。

 

あえて厳しい言い方をすれば、労基法を守れないような会社や経営者は経営能力が無いのである。マネジメント能力が欠如しているのである。会社は規模の大小を問わず、社会的存在であることを忘れてはならない。社会に存在するルールをきっちりと守ったうえで利益を出すべきものである。ビジネスの場が競争だからといって野放図に何をやっても許されるわけではない。

ブラック企業に見られるように労基法というルールを無視して儲けに走る会社が存在すると市場の公平さが保たれなくなる。人件費を極度に削って、商品やサービスの価格を不当に下げて競争に勝つことが可能になるからだ。また、労働市場を荒らし、労働者の生活を破壊し、ひいては社会の安定を乱すことにもつながる。

 

労基法すらも守れないような会社は市場から退場すべきなのだ。

経営者団体は自分たちの都合の良いように労基法の改悪を常に目論んでいるが、それが破廉恥極まる行為だと思い知るべきである。事業が円滑に回るのは労働者の働きがあってのことであることを忘れてはならない。労働者の処遇を少しでも良きものにしようと努力するのが経営者の務めであり、それができてこそ真っ当な経営者である。この務めを果たせない、労基法を守れない経営者は市場から去るべきなのだ。

経営者こそ「自己責任」を全うすべきである。