希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

僕がなぜ貧困問題にこだわるのかという件〈再掲〉

僕は経済的格差が生じるのは仕方がないと思っているが、貧困は絶対に克服すべきだと思っている。

貧困は社会構造の軋みや矛盾の顕れである。

決して自己責任に帰す問題ではない。

 

初出 2014/2/16

 

僕は何度もこのブログで生活保護に関することや、フリーターニート・引きこもり等について言及してきた。僕は貧困問題に多大なる関心を寄せているからである。

僕自身は貧困といえる状態に陥ったことはない。ただのビンボー人である。

ただ、人生の折々に一歩間違えていたらホームレスになっていただろうということはある。僕は幸運にも両親がいて(今は父は亡くなった)、僕が危機的状況になったときに物心両面の援助をしてくれた。友人・知人にも何度も助けられた。僕が今こうして生活できているのも周囲の人たちの助けがあってのもので、運がよかったのだと思う。

 

貧困問題が大きくクローズアップされたのは、数年前の「年越し派遣村」の活動やメディアがネットカフェ難民ワーキングプアを取り上げて以降であろう。経済大国日本で貧困問題が存在している、という事実に多くの人たちが衝撃を受けたものだと思われる。実はメディアに取り上げられる前から、貧困の問題は僕たちの知らない社会の片隅で確実に進行していたのだ。

僕たちはホームレスの人たちを存在しないものとして意識的に無視していたのかもしれない。

生活保護を受けることができずに餓死した人たちのことをレアケースとして心に留めなかったのかもしれない。

 

僕は経済的格差が生まれるのは仕方がないと考えている。資本主義社会を選択した宿命だと思っている。成功すれば大金持ちになれる社会は、人々の向上心やモチベーションを高めることも認めている。すべてが平等な社会は薄気味悪い。

しかし、貧困問題は絶対に解決すべきだと考えている。

 

発展途上国の貧困に比べれば、日本の貧困なんて大したことないと言う人たちがいる。

昔は誰もが貧しかったが、それでも楽しかったから今の貧困層は贅沢だと言う人たちも多くいる。

各国の置かれた状況を無視し、時代状況の違いを無視したナンセンスな物言いである。

 

物質的に豊かになった日本社会で、貧困に陥ることの苦しさや無念さを心に抱え、生活が困難になって衣食住の確保もままならず、生き延びることに必死で、未来が見えない状態にあって生き続けなければならない人たちがいることを決して忘れてはならない。

 

貧困問題は、ただ経済的に苦境にある人たちが存在するという話だけでは済まない。

貧困層が増えると人心の荒廃や社会不安を招く虞がある。テロが起きる根源的な原因は貧困によるものだ。盗みや殺人等の犯罪もその原因が貧困によるものが多い。

 

僕たちは安心して暮らせる社会を望んでいる。

貧困問題が顕在化してくると、この「安心」も脅かされる。

 

そして何よりも貧困に陥っている人たちは、僕たちと同じより良い人生を全うすべき人間である。それらの人たちの人間としての尊厳を奪うようなことがあってはならない。

 

貧困問題は一朝一夕で解決するものではない。

社会保障制度を充実させることは必要だが、それだけでは解決しない。

貧困状態で孤立した人たちを社会とつなげる地道な支援が必要不可欠である。

貧困に陥って、自分の居場所を失った人たちの「居場所」をつくる必要がある。

 

貧困問題は決して他人事ではない。

貧困は僕たちの身近にある。

 

僕はこれからも貧困問題に心を傾け続ける。