希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

自己管理はどのレベルまでしなければならないのかという件〈再掲〉

「自己管理」は確かに必要である。

しかし、過労死過労自殺等を引き起こした会社の責任逃れの方便として使われることは許されない。

自己管理を必要以上に求めること、これも悪質な自己責任論の亜種である。

初出 2014/1/20

 

数年前、自己責任論が世の中を席巻していたとき、政府の諮問機関の委員で派遣会社を経営している奥谷某が「過労死は自己管理ができていないから・・」という発言が物議を醸しだした。

この奥谷氏は経営者の論理をストレートに言うことで有名な人物だったが、それにしても過労死を労働者に責任転嫁するのは大問題だと思う。労働者は仕事を拒否できない立場にあることを全く考慮しない暴論である。

 

この「自己管理」は弱い立場になればなるほど強いられる言葉である。さすがに正社員なら数日休んだだけではクビにならないが、非正規社員だと命取りになることがある。風邪で数日休んだだけで仕事を切られたケースを僕も見聞きしている。

風邪やインフルエンザの感染症に罹っても、自己管理がなっていないと責められることがある。酷い場合だと、「弛んでいるから」だと、悪しき精神論で責めてくる経営者や上司がいるから始末に負えない。精神力でウィルスやバクテリアに勝てるのなら、医者は要らない。

人はいつ何時病気やケガをするかもしれないということが想像できないような愚かな人が多くいる。

 

風邪などで急に休むと仕事が回らないという会社がある。これは労働者が悪いのではない。たった一人(あるいは数人)休んだだけで業務に支障をきたすのは、会社のリスク・マネジメントがなっていないだけの話である。社員全員が常に出勤して働くという前提で業務を回しているのが問題なのだ。こういう職場では有給休暇を取得するのもままならないだろう。

このような会社は不測の事態を考慮せずにリスク・マネジメントをなおざりにして、労働者に過度の自己管理を強いているのである。

そして、労働者は限界を超えた仕事をせざるを得ない状態となり、最悪の場合には鬱病など精神疾患に罹ったり、身体を壊したりする。

このようなケースでは、会社は労働者の自己管理がなっていないと労働者に責任転嫁し、会社の安全配慮義務が果たされていないことに自省すらしない。

過労死過労自殺の裁判では、常に会社側は自らの責任逃れのために、労働者の自己管理の問題にしようとすることからも、会社側の無責任体質が見て取れる。

 

立場の弱い人たちに対して、必要以上(常識を超えた)の自己管理を強いるのは、自己責任論の一種である。会社が果たすべき社会的責任・法的責任を放棄しているとさえいえる。決して許されるべき態度ではない。

 

僕たちが行う自己管理は、夜更かししない、深酒をしない、感染症の予防をするなどといったレベルで充分である。前述の奥谷某が言うようなプロスポーツ選手の自己管理レベルなど必要ない。

死ぬ寸前まで働かせて、常に高いパフォーマンスを出すような自己管理を求めるなど、経営者の強欲・エゴ以外の何物でもない。

 

僕たちはプライベートでは好きなように遊び、飲み食いし、煙草を吸い、仕事となれば決められた仕事をこなすだけでいい。

 

弱い立場の人たちに、過度の自己管理を強いる社会は、どこか狂っている社会である。