希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

フリーターをバッシングするのは筋違いだという件〈再掲〉

フリーターとしての生き方はそれほど非難されるものだろうか。社会構造の変化でフリーターが増えたという事実を直視すべきである。また、自身でフリーターの道を選んだ人たちを、従来の価値観で非難することもおかしい。

フリーターとしての働き方・生き方であってもより良い生活を営めるような社会にする、という視点を持つべきである。

初出 2014/1/8

 

僕が社会人になった頃(バブル期)は「フリーター」というと、自由な生き方・働き方の代名詞的存在であり、今のようにマイナス・イメージはなかったと記憶している。

 

今やフリーターといえば、怠け者・まっとうな社会人ではない・ワーキングプア等負のレッテルを貼られている。「負け組」の象徴的な存在にもされている。

高校や大学では、フリーターのマイナス面だけが強調され、正社員にならなければ人生が終わるとでも言いたげな教育をしているという。

 

よく引き合いに出される正社員とフリーターの賃金格差のデータも眉唾ものである。正社員の生涯賃金は大企業に新卒で入社して定年まで勤めた場合の数値である。実際は転職することもあるし、リストラされることもある。会社そのものが倒産する事だって大いにあり得る。一つの会社(上場企業・大企業)に定年まで勤め上げるなんてほんの一握りの人たちである。

未だに大企業に入って定年まで勤めることが良いとする価値観に縛られているのは滑稽ささえ感じる。

 

本来、フリーターは働き方の一つの形に過ぎないものだ。正社員との間に優劣をつけること自体がおかしいと思う。

確かに正社員の方が給料も良いし、福利厚生も恵まれている。しかし、それらと引き換えに過重労働を強いられたり、会社にコミットメントを強いられたりする虞がある。

 

また、正社員の地位や待遇は、フリーターをはじめとする非正規雇用の人たちに支えられているということが忘れられがちである。

正社員が非正規社員を貶めているのを見聞きすると怒りを覚えずにはいられない。お前らが今の給料を貰えているのは、非正規社員の活躍のおかげなんだと、つい怒鳴りたくなる。

 

会社側が正社員を減らそうと躍起になっているご時勢なのに、フリーターを貶めて、正社員こそが全うな社会人であるという考え方はおかしいし、現実を見ていない暴論である。

 

以前のエントリでもふれたが、フリーターをはじめとする非正規社員の待遇を良くすることが現実的な対処法だと思う。

会社の根幹的な業務を担う正社員とは区別して、周辺的業務や専門的職種(経理・総務・営業職等)を担う正社員と非正規社員を流動化する、いわゆる限定正社員制度を広げるべきだと僕は考えている。一時的には正社員の待遇は悪くなるだろう(相対的にフリーターの待遇を良くする)。

しかし、長期的に見ればフリーターから正社員への移動のハードルは低くなるし、転職も今よりは容易になると思う。

最終的には、オランダのように正社員と非正規社員の区別がなくなり、全員が正社員で働いている時間の長さによってのみ区別(差別ではない)される社会になれば、と僕は考えている。

 

フリーターでも(限定)正社員でもそこそこ安定し、安心して生活を送ることができれば、個人としては働きやすくなるし、社会全体として見ても活性化されるのではないだろうか。