希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

様々な働き方ができると、面白い生き方もできるという件

僕は総合職的正社員という働き方だけが真っ当な働き方だとは思っていない。その人が働きやすいと感じる働き方ができるものであれば良しと考えている。

働き方に限らず生き方に選択肢がない、あるいは限定されている社会は寛容さに欠き息苦しい社会である。

 

会社(組織)のリーダーもこれまでの凝り固まった既成概念を捨て去る勇気を持つべきである。賃金や福利厚生をこれ以上良くすることが難しいのならば、せめて社員・成員が活動しやすい環境を整えなければならない。

 

僕は新規学卒一括採用を否定しない。そのメリットは多くあると思うからだ。職歴のない学生が正社員として雇われるというのは、学生にとってもかなりのメリットである。

しかし、総合職で採用されると確かに社内での出世は見込まれるが(ただし一部の人たち)、その会社にいる限りはずっと無茶な働き方を要求される。

会社へのコミットメントを強く求められる。

会社人間が量産される。

働き方の選択肢がほぼ無いに等しい状態では、人それぞれの価値観にマッチしないし、時には不幸な結果を招くことにもなる(過労死過労自殺等)。

 

主に大企業での話になるが、ノンエリート的な働き方をもっと認めて、ノンエリートを活用する人事労務管理システムを採り入れても良いのではないかと考える。採用時には総合職として採用されても、ある時点(30歳でも40歳でもよい)で出世のラインから外れる働き方が選択できるようにする。職務(営業や経理・総務等)を限定して現場の一線で働き続けることができるようにするのだ。その職務はその人の適性に沿ったものにする。現場のリーダーには昇進できるが、ラインスタッフの管理職にはならない。極端に言えば退職するまでヒラのままで、給料はそれほど上がらない。しかし、その職務でのスキルはかなり上がる。広域での転勤も無い。職務限定正社員(あるいは専門的限定正社員)と呼べる雇用形態である。

現に現在の会社では幹部登用を判断する年齢が下がってきている。管理職となる可能性が低くなっているのに、いつまでも幹部候補としてただ我武者羅に働かされるのは社員とってはたまったものではない。ワークライフバランスの観点からも、「適度」な働き方をもっと推進すべきだと思う。

 

非正規雇用で働く人たちの処遇も大いに改善すべきである。正社員という働き方だけが真っ当なのではないという社会のコンセンサスを形成することが大切である。

そのためには、「同一価値労働同一賃金」の原則に近付ける必要がある。また、社会保険の適用も柔軟にすることが望まれる。現行の取り扱いでは、健康保険・厚生年金に加入するためには当該職場の常勤雇用社員の所定労働時間の4分の3以上の勤務時間であることが条件となっている。これでは2箇所以上で働いているケースでは適用されにくい。例えばA社で20時間、B社で16時間働いているときに両方で社会保険に適用されない。このようなケースでは通算労働時間が社会保険適用に該当するとみなして、両社で按分して社会保険料を支払う仕組みにするのである。現行制度でも似たような按分方式はあるのだが(例えば役員を兼務している場合等)、これを非正規社員に準用すればよい。

 

要はノンエリートの正社員であろうと、非正規雇用の社員であろうと、働きすぎにならずに、安心して働けて安定した生活を営むことさえできればよいのである。

自分に合った働き方を選べるような選択肢が豊富にある社会であれば、ユニークで多種多様な生き方もできるようになると、僕は思っている。