希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

フリーランスで仕事をすることは不安定だけど、でも色々と面白かった件

僕は公務員を退職後に専門学校の正社員講師になり、それも辞めてフリーの講師に転じた。最高で4校の専門学校を掛け持ちしていた。

そして社会保険労務士として独立し、当初は講師業と社労士の二足の草鞋を履いていた。

 

僕はフリーランスとして15年間活動していた。

一言で言えば「実りのある」時を過ごすことができたと思う。会社員では経験できないことを多く経験することができたし、様々なタイプの人たちに出会うこともできた。

強面の人に監禁されたこともある。

縁あってある劇団に参加し役者の経験もした。

なぜか多重債務の人たちを紹介されその人たちの相談に乗り、借金整理の手伝いをしたことも一度や二度ではない。

怪しいビジネスに誘われたことも多い(話を持ちかけたある人は逮捕された!)。

世の中には色々な人たちがいることを実地で学んだ。人生観や価値観は人それぞれで異なるし、実に様々な生き方があることを知ることができた。

色々な稼ぎ方や生業があることに感心することも度々あった。

僕の労働観や人生観に大きな影響を与えたことは否めない。

アウトサイダー的な生き方もありだな、と得心し今まさにそのような生き方を実践している。

 

フリーランス時代の収入は確かに不安定であった。月ごとのばらつきも大きかった。しかし、一度も辛いと思ったことはなかったし、あまり不安を感じなかった。僕は定期的な顧問契約数が少なかったので安定収入は望めなかった。スポット的な仕事をこなして何とか生活を維持していたのだ。当時は厚生労働省関連の政府助成金が豊富にあり、その申請代行をするだけで、数十万円の報酬を得ることができた。就業規則と諸規程を作成するだけで20万円以上の報酬を貰っていた。

良い時代だった。

今は政府助成金はかなり縮小しているし、就業規則は無料でダウンロードできる状況になっている。僕はこれらの波をモロに受けて、社労士業を廃業するに至ったわけである。僕の戦略の稚拙さ、先を見通す目の甘さなどが原因である。

まさに「自己責任」である。

 

話は逸れるが、「国家資格」を所持していれば安泰なんて時代ではなくなった。どのような資格であれ、マーケティング力や営業センスが問われるようになっている。実務能力なんて大差ないわけだから(あったとしてもどうその能力を伝えるかが問われる)、いかに仕事を取るかという能力が大切になっている。

 

フリーランスの良い点は自分で仕事をコントロールできることである。ただし、企業の「下請」的仕事はそうともいえない面があることは注意を要する。成果物の質を守り、期限さえ守れば、どのような仕事の進め方をしても構わない。

アホな上司に振り回されることもない。

訳の分からない要求をするクライアントならば、その仕事をキャンセルすることもできる(ただし情が絡んでくるとできないこともある)。

 

僕は安易にフリーランスの道を選択することを薦めない。やはり、人によって向き不向きが確実にあるからだ。また一所懸命に誠実に仕事をしても報われないことも多々ある。

 

しかしながら、自分なりの働き方や生き方をしたいと熱望している人たちにとっては、フリーランスという働き方や生き方は魅力があるように思う。

もし、失敗してもやり直せば済むだけの話である。

人生には実に多岐に渡る道が用意されているのだから。