希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

ビンボー人にもプライドがあり、ビンボー人がのさばる世の中も面白いという件

僕はこのブログで貧困問題は絶対に解決すべきだと述べてきた。貧困に陥った人たちは孤立しがちなので社会の中での居場所つくりが大切であり、それが自立支援のキモだとも繰り返し述べてきた。

一方で貧乏と貧困は似て非なるものであり、ある種のビンボー人は放っておいても構わないとも述べた。

 

今回は堅苦しくなりがちな「貧困」の話ではなく、ビンボー人の話をしてみたい。

 

さて、当然のことながら僕はビンボー人である(何が当然か良く分からないが)。正社員として働きたくないし、最低限の生活費を稼ぐために働いてはいるが、それ以上は無理して働こうとは思わない。カネよりヒマが大切なのである。「ビンボーヒマあり」状態が僕の理想なのだ。

 

かつて僕が若い頃はビンボー人は悲惨だと思い込んでいた。消費社会の毒にずっぽり侵されていたのだ。カネがなければ遊べないし、女性にモテないと思っていたし、人生を楽しむことができないとさえ思っていた。そのため、自分に合わない仕事ややりたくない仕事を稼ぎが少しばかり良いという理由だけで続けていた。カネを使うことでストレスの発散にしていたように思う。

 

東京の高円寺で「素人の乱」というリサイクルショップを経営し、訳の分からない(しかし面白くて刺激的な)活動を続けている松本哉氏という変人がいる(これは褒め言葉)。彼の著書『貧乏人大反乱』『貧乏人の逆襲』はとても面白かった。ビンボー人が世の中にのさばる方法がこれでもかと書かれている。変てこなデモを幾つも企画して実行したり、路上で鍋をしたり、やりたい放題である。基本コンセプトはビンボー人が楽しめない社会なんてクソだということだ。僕は松本氏のような行動はできないが、そのメンタリティはとても参考になる。

 

ビンボー人はビンボー人なりのプライドがある。確かに真っ当なサラリーマンはできないかもしれないが、非正規社員でもフリーランスでも適当に稼いで、ヒマ人の特権を活かして自分の好きなことをやり通す。こんな生き方を世間の普通の人々は眉を顰めるかもしれない。でも、他者の目ばかりを気にして生きるのは面白くない。自分が楽しいと思えることに全精力をかたむけて生きていくことが実は人間らしい生き方なのではないかと思うようになった。ただし、この生き方には自己責任が伴う。経済的苦境とは常に隣りあわせだ。

 

僕はもっとビンボー人がこの世にのさばっても良いと思う。たかだかカネがないことで卑屈になることはない。社会的地位や社会的信用なんかなくてもどうってことない。人とつながっていれば、そこそこ生きていける。カネがなくても楽しいことは山ほどある。

僕たちが嫌な仕事や面白くない仕事にしがみつくのは、カネがなければ楽しく過ごせないと刷り込まれているからだ。ビンボー人になると暗黒の世界に入ってしまうと勝手に思い込んでいるだけだ。

 

やりようによっては、ビンボー人の世界は光に満ちている。

ビンボー人がのさばると始末に終えない。

 

ビンボー人として生きるということは、もしかすると真の人間力を問われていることなのかもしれない。