希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

便利さを追求しすぎるのはやめた方がよいと思う件

便利な世の中になったものだと常々感心している。

24時間営業のコンビニやスーパー、飲食店はもはや当たり前のような存在となった。インターネットを利用すれば殆どのものが買える。クレジットカードは言うに及ばず、鉄道会社のカードで決済もできる。

僕たちはこの利便性の向上を当たり前のようなものとして受け止めているきらいがある。社会の発展の賜物だとして無条件に受け入れている。

 

何事にも表の顔と裏の顔がある。

 

便利な世の中になって享受する利益は大きいが、同時に失うものやデメリットがあることを考えなければならないように思う。

 

売買の決済が簡単になるということは、僕たちの膨大な量の個人情報が管理されているということを意味する。個人情報は管理されているだけではなく、マーケティングなどに利用されて、知らず知らずのうちに僕たちの消費マインドを刺激し、僕たちはそれに乗ってしまっている。

僕はよくアマゾンで本を購入しているが、そのアマゾンから僕の興味がありそうな商品のラインアップがたびたび送られてくる。これがまた実に的を射ている。このアマゾンのお知らせにつられて購入したことは一度や二度ではない。

確かに便利である。

僕の興味のある分野の様々な著者の作品を労せずに知ることができるのだ。他方、書店や古本屋に足を運んでじっくりと本を選ぶという楽しみも捨てがたい。が、この行動を非合理的なものとして切り捨ててしまう思考が生まれてくることが怖い。古本屋や書店で、何気なく手に取った本がとても面白い作品だったということはよくあることだ。今まで知らなかった著者や著書を偶然に発見する楽しさはアマゾンでは味わえない。

 

利便性を究極的に追求するものとしてIDカードがある。個人の健康保険・年金・税務・住民票の情報を一元的に管理したものだ。確かにこれは便利である。住民票や納税証明書等の証明書類を取りやすくなる。年金の納付履歴の漏れも少なくなり、健康保険のデータを活用することによって病歴の管理もしやすくなるだろう。税金の徴収漏れもかなりの部分防げるようにもなる。

政府は以前からこのIDカードの導入を画策している。政府にとって都合の良いシステムだからだ。すべての個人情報を政府は一元管理することを切望している。税金の徴収強化(脱税阻止)という理由もあるし、公安上・社会治安上の理由もある。決して国民の利便性のためにするのではない。それは表向きの言い訳だ。政府によって情報を一元管理された社会に空恐ろしさを感じるのは僕だけではないだろう。

 

最後に「労働」の観点から。

便利さを追求すると、消費者としては好ましいことばかりである。例えば宅配便の即日配達、時間指定はとても便利であるし、24時間営業のスーパーやコンビニ、飲食店が増えるとこれまた便利である。しかし、それらのサービスを提供するためには当然に人員の確保が必要となる。しかも利益を上げなければならないとすると、そのしわ寄せは働いている人たちに来る。長時間労働・低賃金の非正規雇用の人たちが増えることになる。また最低限の人員で仕事を回すので、働いている人たちの労働強化にもつながる。つまり仕事がキツくなって労働条件が劣悪になってしまう。

僕たちが便利さを享受する陰で、働いている人たちは身を削っているということを忘れてはならないと思う。

 

僕たちはこれ以上の便利さを追求することをやめにした方がよいように思う。

知らぬ間にガチガチの管理社会となり、労働条件が劣悪な職場が増えていく。

思わぬしっぺ返しを喰らう前に、僕たちは自制心を持って利便性の追求というゼロサムゲームから抜け出すことに思い至るべきだと僕は思う。