希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

やりたい仕事が分からないときには、やれる仕事をしてみようという件

本当に自分に合った仕事がしたい、本当に自分がやりたいと思う仕事がしたい、と大多数の人たちが考えていると思う。このことは何も贅沢な望みではない。人として至極真っ当な願いである。

しかし、現実は自分に合わない仕事ややりたいとは思っていない仕事に就き、日々悶々とした気持ちを抱えている人は多いと思われる。また、本当は自分はどのような仕事をしたいと思っているのか分からない場合も多い。そうそう自分にとっての天職は見つからないものだ。

 

ニートフリーターが増えている原因のひとつにやりたい仕事が分からない人が多いこと、やりたい仕事以外の仕事には就きたくないと考えている人が多いことが挙げられると思う。ニートフリーターのことを考える際には社会構造上の問題や労働環境の劣化等の外的要因も視野に入れなければならない。しかし、やりたい仕事が見つからないという要因を考えることも大切だと思う。同時に仕事に対する大いなる幻想を捨て去る態度も必要かと思われる。

 

僕はといえば、学生時代からやりたい仕事が何か分からなかった。漠然と研究者になりたいとは思っていたが、様々な理由によってその道は断念した。生活のためにカネを稼がなければならないので、興味の持てそうな仕事を無理やり見つけて職を転々とした。年齢を経て、やりたい仕事というよりも「やれる」仕事を見つけるように変化してきた。

自分がやれる仕事を見つけるのは、やりたい仕事を見つけること、やりたい仕事に就くことに比べてハードルが下がる。自分の資格や職歴に応じて探せば良いし、資格や職歴が無ければ少しでも興味を持つことができる仕事を探せば良い。昨今の雇用情勢を鑑みれば、興味を持った仕事に就くこと自体も簡単ではないだろうが、可能性は大いにあると思う。

僕は今福祉関係の仕事をしているが、これは「やりたい仕事」という側面も少しはあるが、「やれる仕事」という面が多分にある。今の仕事を続けているうちに、朧げながらやりたい仕事が見えてきた。このブログで何度が触れているが、生活困窮者・精神障害者の生活支援や地域生活への支援という仕事である。これが果たせるかは分からないが、将来の楽しみにしている。

 

自分がやれる仕事を着実に続けていれば、「やりたい」と思う仕事が見つかることもある。天職とまではいかないかもしれないが、自分に合った仕事が見つかり、その仕事に就くことで充実した日々を送れるようになる。名を成した人たちでも、当初はやりたい仕事に就けずに嫌々違う仕事をしたり、やれる仕事を仕方なくしていたりしていくうちに、鉱脈を見つけて成功に至ったケースが多い。最初からやりたい仕事を見つけ、その仕事に邁進するというのは意外とレアケースだったりする。

 

やりたい仕事をすることだけが、充実した生活を送るための必要条件ではない。

やれる仕事を誠実にこなすことによっても充実した生活を営むことはできるはずである。

 

やりたい仕事が分からなくても焦ることはない。

自分にできる仕事はあるはずだとの確信を持ち、まずはやれる仕事から始めることによって、そこから見えてくるものがある、と僕は思う。