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希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

人生は思い通りにはならないがたまに良いことがあるだけで幸せだと思う件

よもやま話をしてみる 生きるということ

人生は思い通りにはならない。

 

志望校に落ちてしまうこともある。

就活で良い結果が残せず意に反した会社に勤めなければならないこともある。

自分が好きな人に振り向いてもらえないこともある。

会社が倒産したり、リストラに遭ったりして職を失うこともある。

起業してもうまくいかないこともある。

借金で首が回らなくなることもある。

配偶者から愛想を尽かされて離婚することもある。

病気に罹ることもある。

 

思いつくままにつらつらと書き留めてみたが、本当に人生には思いがけないことが起きる(良くない意味で)。

僕たちの普段の行いが良いとか悪いとか関係ない。ただ運が良いか悪いかだけの話である。

 

巨悪が大きな顔をしてこの世の春を謳歌する。

善良と思われる人たちが肩身の狭い思いで生きている。

現世は不条理だらけである。

僕たちはこの不条理な社会で生き続けなければならない。

 

自分の分をわきまえなければならない時がくる。

「足るを知る」ときが訪れる。

自分の人生なんて取るに足らない、つまらないものだと思い知るときがくる。

 

どんなに栄華を極めても、人は必ず死ぬ。

「空の空かな、すべて空なり」。

諸行無常」。

人生は儚いものだと、うたかたの夢だと先人達は僕たちに伝えている。

 

確かに人生に意味なんてないのかもしれない。

最近、特にそう思うようになった。

しかし、僕は人生に絶望していない。

かすかな希望さえあれば生きていける、と思っている。

この先、辛いことや悲嘆に暮れることがあるだろう。喜びに溢れ、笑顔を浮かべることもあるはずだ。

10回の悲しいことや辛いことがあって、1回だけ喜びがあったとしたら、それで十分だと僕は思っている。

常に満たされた思いをしていることが幸せなのではない。

人の世の哀しみを知り、怒りを知り、はじめて人は優しくなれる(北斗の拳ではないが)。

 

たまの喜びを祝福できる人でありたい。

たまの喜びに幸せを感じる人でありたい。