希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

もしも公務員を続けていたら、僕は傲慢な人間になっていたという件

僕が地方公務員を退職して約20年の月日が経った。公務員特有の「垢」のようなものがなくなって久しい。

 

時々、あのまま仕事を続けていたら今頃どうなっていたかを考えることがある。

おそらく結婚して、子どもが2人いて、郊外にローンで家を買っていただろうか。

中間管理職として板ばさみになりながら、生活のためにつまらない仕事をこなしていただろうか。

幸せに暮らしていただろうか。

こればかりは分からない。

僕は何も公務員を辞めたことを後悔しているわけではない。今でもその選択は間違っていないと思っている。

 

ただ一つ言えることは、確実に今の自分よりも嫌な人間になっていただろう。根拠のないプライドを持ち、他人を見下す人間になっていた可能性が高いと思う。偏狭な人間観や価値観を持つ傲慢な人間になっていたかもしれない。

 

そう思うには根拠がある。

公務員当時の僕の心の中を振り返ってみれば合点がいくのだ。

 

僕は新卒である政令指定都市の職員となり、最初の配属先は区役所の国民健康保険係であった。市民の方々と頻繁に接する部署である。

特に気を配ったのが保険料の滞納者への対応である。窓口や電話で罵詈雑言を浴びせられるのは日常茶飯事で、窓口で胸倉を掴まれたこともある。

その時僕はこう思っていた。

保険料も払えない底辺の人間が一人前の口を利くんじゃないと。

払うものを払ってから物を言えと。

保険料を払えないような貧乏人になったのは自分のせいじゃないかと。

 

今更ながらに恥ずかしい限りである。

若かったということを差し引いても、ロクな奴ではない。

今の僕ならば、国民健康保険制度が抱える構造的な問題を考え、貧乏になった原因は決して個人のみの責任ではないと考え、そして保険料を全額払わなくても保険証を受け取れる裏技を教える。

(うん、ちょっとはまともな人間になったかな)

 

そして、国保の仕事で重要なのが、被保険者の所得把握である。確定申告や年末調整をしている人たちは問題ないが、申告していない人たちの所得を把握しなければならなかったのだ。当時、所得把握率が98%を切ると国からの補助金が削減されたのである。

未申告者に対して窓口や電話で収入額を教えてもらう際に、色々な人たちがいたのを覚えている。パチンコや競馬で生計を立てている、ヒモをしているというのは序の口で、時には「ヤクザにそんなことを聞くなっ」と凄まれたこともある。

この時も、そんな変わった答えをする人たちに対して、ロクな奴じゃないな、底辺の奴らには困ったものだと、ゴーマンかましていたのである。

今なら、ギャンブルでどうやって儲けるのか、ヒモの極意とは何かを興味津々で聞くだろう。ヤクザの人にも聞きたいことが沢山ある(ちょっと怖いけれど)。

今の僕は、世間で言うところの「まともな社会人」の道からちょっと外れた人たちに親近感が湧くので、仲間になれればと考えてしまう。

 

公務員(大企業の正社員も同様に)には純粋培養の人が多い。だから、例えば福祉事務所の窓口で生活保護を受けることを希望する人たちに「水際作戦」を何の疑いもなく実行してしまう。貧困に陥り、社会から孤立した人たちの状況を理解できないし、想像すらできないのである。

 

公務員をしていた頃の僕が今の僕を見たら、間違いなく底辺の能無し人間だと見下すはずだ。

 

少なくとも、失業者や貧困者などを見下す人間ではなくなったことについては、公務員を辞めた甲斐があったな、と思っている。

 

でも、もうちょっとカネが稼げる人間になれたらいいのに、とブツブツ言いながら、このエントリを締めることにしよう。