希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

生活保護と自立支援について考えてみる件

先日、国会において生活保護法の改正案が可決された。一部の市民団体等は明らかな改悪だとして、反対運動を展開していたが、僕は必ずしも一方的に改悪だとは思っていない。

要は運用の問題であり、その背景にある生活困窮者に対する眼差しが温かいものでその人を尊重しているものであれば良いと思う。

 

現行の生活保護制度の問題点は「入りにくく、出にくい」ところにある。生活困窮者に対する捕捉率は20%前後といわれているし、一旦生活保護を受けた後に自立する割合も低い。

高齢者や障害者等の仕事をすることが難しい人たちは別として、病気療養中の人や片親家庭の人そして長期失業中の人など環境さえ整えば仕事ができる人たちに対しては、適切な支援を行って自立を促すべきである。

 

ただ、生活保護費(広くは社会保障費)の削減のみを目的とした自立支援であってはならない。

また、自立を重視する余り、劣悪な待遇の職場に押し込むようなことをしてもいけない。

あくまで支援対象者が末永く健やかで安心して生活できるようにしなければならない。そうでなければ、また生活保護に逆戻りしてしまい、本人が不幸になるばかりである。また国にとっても負担が増えることになる。

 

自立支援は再就職を促すことだけでは全く機能しないと思う。いきなりフルタイムで働けというのは無茶な話である。最初はパートタイムで心身を慣らしていき、そこで得た給料の分を差し引いて生活保護費を支給する段階を経て、自活できる給料を得られるように導いていく方が良いと思う。

いきなり企業で働くのが無理であれば、福祉的就労を経る方法を採用する。

また、結果として就職に失敗したり、短期間で離職した場合に、本人を責めたりしないことだ。一般の求職者でさえ、再就職は難しいし、職場に定着することができないことも多い。離職期間が長い場合が多い生活困窮者にとっては、就職も職場に定着することもハードルが高いのだ。

 

それぞれの人たちの置かれた状況に応じて、きめ細やかな配慮が必要になる。そして長期的な視野に立った支援が欠かせない。

 

忘れてはならないことは、生活困窮者の人たちは孤立していることが多いので、社会とのつながりを作るという視点である。いくら働く場が得られても、その職場で孤立してしまうこともある。そういう孤立しやすい職種もある。職場を離れたら、社会と殆ど接点のない人たちもいる。

自分は社会とつながっている、自分が承認されていると感じられる場が必要となってくる。

自立支援において重視されるべき点は、就労支援よりもむしろこのような自分の居場所づくりかもしれない。

 

自立支援の担い手は、国の出先機関ではなく、市町村やNPOなどより地域に身近な機関・団体が良いと思う。国は補助金を出すことと、大まかなガイドラインを示すだけで良い。国が直接関与すると、どうしても一律的なサービスになり、柔軟な対応ができなくなる。地域に応じたサービスができて、小回りがきく方が絶対に効果が出る。

 

自立支援を謳うあまり、生活保護の受給のハードルを上げることがあってはならない。両者は互いに補完しあって、生活困窮者を救済することが最大の目的であるのだから。

 

生活保護が「入りやすく、出やすい」ものになるための自立支援でなければならない。