希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

社会について考えてみる

「時間を大切に」ではなく「時間をムダにしろ」と言いたい、という件

「時は金なり」。この俚諺は古来より金言とされてきた。 一瞬一瞬のその時を大切にせよ、という言葉はまちがいなく正しい。 一生は限られているのだから、それを無駄にするような時間の使い方をしてはならない、というのも正しい。 ひねくれ者の僕はみんなが…

敷かれたレールから外れても、何とか生きていけるという件〈再掲〉

きちんと高校や大学を卒業して、新卒で会社に就職して、家庭を築いて・・といったライフコースから外れても人は生きていける。 「正しい生き方」なんてこの世には存在しない、と考えた方が生き方の選択肢も増えて、生きづらさが軽減される。 初出 2018/10/4 …

「強くなければ生きていけない」ような社会はいびつであるという件〈再掲〉

ヒトは弱い生き物である。 この弱さを既定事実としたうえでシステム設計をしないと、社会は成り立たない。 弱者を置き去りにするようなシステムを採用した共同体は近い将来に必ず衰亡する。 初出 2018/9/13 僕たちは幼少時から様々な刷り込みをされている。 …

「働けなくなったら、死ね」という社会はまぎれもなくディストピアであるという件

僕たちは特別な状況に自分が陥らない限り、自分が働けなくなった時のことを想像できない。心身の病気になったり、心身に障害を負ったり、劣悪な労働の条件の会社に勤め続けて消耗して退職を余儀なくされたり、ただ何となく今の仕事が嫌になったりと、これら…

僕はたまたま新自由主義に異を唱える立場にいるだけという件

僕は新自由主義的なイデオロギー・政策に拒否感を持っている。 行き過ぎたグローバリズムに対しても同様である。 市場経済の徹底が多くの社会問題を解決するという能天気な言説には同意できない。 新自由主義を貫徹すると、共同体が破壊され人々はむき出しの…

社会保障や福祉の意義を考えてみるという件

社会保障制度が現行の社会を成り立たせるのに不可欠なものである、ということは多くの人たちが肯定している(ごく一部のリバタリアンは社会保障を否定しているが)。 生活に困窮する人や自立を阻害されている人たちを支援するのは当然の国家の責務である。 戦…

無職の人たちを冷たい目で見る社会は生きづらいという件〈再掲〉

無職であるということは、ただ単に今は仕事をしていない状況であるということに過ぎない。無職であるというだけで人格否定されたりするいわれはないはずである。 社会人とは仕事をしているしていないに関わらず社会の構成員としてそこにいるということだけで…

強い人たちを基にして社会設計をしてはならないという件

僕が若い頃、勤め人をしているときに風邪をひいたり、腹具合が悪いといった理由で仕事を休むと上司に詰られたものである。 「自己管理がなっていない」 「気合が足りない」 といったような言葉を投げかけられた。 ちょっとした体調不良で仕事を休むなんて社…

カネは大切なものだということは分かっているけれども・・、という件

僕はビンボー生活を長く続けている。 カネのありがたみは人一倍分かっているつもりだ。 でも、目先のカネのために魂を売り渡すような真似だけはしたくない、と常々思っている。 貨幣・通貨とは効率よく商品やサービスを手にするために作られた交換手段のひと…

「やりがいのある仕事」だけを求めるのは単なるエゴイズムであるという件

やりがいのある仕事を求め、そのような仕事に就くことが善というイデオロギーが人口に膾炙して久しい。 僕はやりがいのある仕事なんて幻想に過ぎないと思っている。 しかし、世の趨勢としてそんな言説を吐くような人は「落ちこぼれ」とか「役立たず」のレッ…

コミュニケーション能力とは何か、それは本当に必要なのかという件

就活の際にあるいはそこから先の仕事をしていくうえで「コミュニケーション能力」が必要不可欠だとされている。 僕もかつてはこの言説を信じ込んでいた。 そしてコミュニケーション能力を高めるために試行錯誤を繰り返していた。 しかし、もともとがひねくれ…

弱い立場にある人を救済しないと、その共同体の存続は危ういという件〈再掲〉

社会システムは弱者をベースにして設計しないとその社会は弱体化するように思う。 共同体は弱い立場にある人たち(幼児・高齢者・障碍者・病気にかかった人等)を内包する性質を有するものだからである。 初出 2018/7/26 病気や加齢や失業、障害を負うことによ…

「消費者マインド」だけに偏っている人が多数派になると社会が歪になるという件

僕たちは大抵は「働く人」という顔と消費者という顔を持って生活をしている。 資本主義システムの下では、特に消費者マインドが肥大する傾向がある。 人の欲望を煽る広告が世にあふれ、経済成長をするためには人はまず「消費者」であれという圧力に常にさら…

何でもかんでも「民営化」で解決すると考えている輩はバカであるという件

新自由主義的な価値観が世を覆ってくると、経済効率でしか物事を考えない輩が跋扈するようになってくる。 経済効率でしか物事を考えないということは、すべてのことをビジネスの論理でとらえることである。ビジネスの論理を絶対視する人たちが多くいるが、そ…

家族を解体するように誘導して、すべての責任を家族に押し付ける愚、という件〈再掲〉

家族に社会保障の代替をさせるように代々の自民党政権は誘導している。家族の機能を解体させるような政策を採り続けているのにも関わらずである。 新自由主義的な政策の負の面のツケを解体されつつある家族に担わせようとしている。 これほど矛盾を孕んだも…

「苦労の押し付け」をする輩はみな老害であるという件

この社会では未だに根性主義や精神主義が蔓延している。 「やる気を出せ、やる気を見せろ」とか「やる気があれば何とかなる」といった類の言葉を浴びせられた人は多いと思う。 度が過ぎた精神主義は思考停止の状況に陥ってしまう。また、実証性や客観性を軽…

「学歴なんて要らない」という言説は無責任であるという件

この国の人たちは学歴に関する話題が結構好きである。 学歴不要論にしても、学歴がやはり必要であるという話にしても、結局は学歴に捉われている証なのである。 この国の学歴とは知的レベルを担保しているわけでも専門的知識とか学識を担保しているわけでは…

この国には本当のエリートはいないという件

「エリート」と聞いて多くの人たちはどのようなイメージを抱いてるか。 おそらく、自分の学歴をはじめとする経歴を鼻にかけた鼻持ちならない奴といったネガティブな印象を抱いているのではないだろうか。 では、この社会にエリートは不要かと言えば、僕はそ…

「若者の○○離れはケシカラン」と言う輩はアホであるという件

モノが売れなくなった時代だと言われて久しい。 特に若年世代の消費性向は低調であると言われている。 自家用車を持たない、高級ブランドの服飾品にさしたる関心がない、等々。 オッサン連中はこんな若者たちの行動様式に青筋立てて批判する。 オッサンであ…

昨今の政治状況について僕なりにつらつらと書いてみる、という件

僕はこのブログで政治に関するトピックスは意識して取り上げてこなかった。 色々と言いたいことはあるのだけれども、あえて避けてきた。 なぜなら、どうしても感情的になってしまうし、自分の「正義」を振りかざすことになってしまうのではないか、というお…

会社は潰れても人は潰れない社会が良いという件〈再掲〉

会社は利益集団である。利益を上げることができなくなれば、市場から退場するというそれだけの存在である。 会社を存続させるためだけにに働く人たちが犠牲になることなんてあってはならない。 初出 2018/6/21 労働基準法すら守れない会社を擁護する論法とし…

会社を辞めることのリスクなんて大したことがないという件

世のサラリーマンで今している仕事に満足できずにできれば転職したりあるいはフリーランスになるとか起業したいとか考えている人たちが少なからずいるものと思われる。 その際にネックとなるのが、「会社員」という身分を失うことにより様々なものを失ってし…

人に対する「信用」や「格付け」は、人の「選別」に行き着くという件

新しいビジネスとしてAIによって人間の信用度を測り、そのデータを企業に売るというものがあるらしい。この話を聞いて僕は暗澹たる気持ちとなった。 そんなに人間を格付けしたいのか、選別したいのかと。 クレジットカードや消費者金融の会社が対象者の信用…

人はみな「ばらつき」があるのが当たり前であるという件

人はそれぞれ個性があり多種多様である。 のっけから当たり前のことを書いてしまった。 しかし、この世の中は当たり前のことが当たり前でないという事象が数多く存在する。 人はみな「ばらつき」があるのが当たり前だということもそうである。 僕は「多様性…

この社会は「優しさに満ちた、冷酷な」社会であるという件

一般論として、この国の人たちは親切である。外国人旅行者もそう感じているという。 僕の肌感覚としては、「内輪の人たち」には確かに親切に振舞うと思う。 僕たちはこの社会は優しさに満ちたものだと思っている節がある。 電車に乗ったときのアナウンス、そ…

履歴書の空白期間を問題視するのはバカバカしいことだという件

新卒にしろ既卒の転職にしろ、未だに履歴書の空白期間、すなわち会社勤めをしていない期間(新卒の場合は卒業後のブランク)があればそれが問題視される。 本当にバカバカしいことだと思う。 僕は社労士事務所を畳もうとしたときに転職活動をしたことがある。…

働くことが嫌になっても、気にすることはないという件〈再掲〉

誰でも、働くことが嫌になるときがある。 勤勉が美徳とか働くことは尊いというイデオロギーに浸っていれば尚更のことである。 働くことが嫌になっても、それは人として当然のことであって気にすることはない。 初出 2018/5/31 僕は年がら年中働くことが嫌に…

「庶民のリアリズム」なんてもはや幻想にすぎないのではないか、という件

僕はこのブログを始めたころに、僕の行動規範や行動の源泉は「庶民のリアリズム」であると度々書いていた。今もこれは変わりがない。 しかしながら、この「庶民のリアリズム」というものは実は幻想にすぎないのではないか、と最近思えて仕方がないのだ。 中…

「怠惰は美徳」とは指弾されるほどの間違った考え方なのだろうか、という件

僕はずっとある時期まで怠惰は悪だと思っていた。 今やるべきことをやらない人は何をやっても駄目だと思い込んでいた。勤勉は美徳とまでは考えていなかったけれども、努力を放棄した奴は役立たずと思っていた。 ある時期を境に僕の価値観はコペルニクス的に…

「忙しい」ことが善とされるこの社会はおかしい、という件〈再掲〉

世の中の多くの人たちは忙しさを競い、忙しさ自慢をしているように見える。 とても滑稽なことである。 忙しくなければ真っ当な社会人ではないという思い込みに毒されている。 この風潮も滑稽である。 初出 2018/5/24 僕は何度もこのブログで自分は「ヒマ人」…