希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

社会について考えてみる

働きすぎて死ぬ、ということが異常だという意識を共有できないこの社会、という件

過労死や過労自殺のケースが未だに頻出している。 怖いのはその報にふれた僕たちが鈍感になり、なんとなくやり過ごしてしまうことである。一時的に過労死を出した会社に対するバッシングは起きるが、そもそもなぜ過労死・過労自殺が起きるのか、という根本的…

国民健康保険がバカ高いのはなぜかという件

国民健康保険料がバカ高いと感じている人は多いと思う。国保料を滞納していて支払に四苦八苦している人も多いだろう。 僕は以前に住民税や国保料の滞納への対処法についてのエントリーを書いて結構な反響があった。それほど多くの人たちが国保料の高額賦課に…

現場の頑張りに寄り掛かった組織に未来はないという件〈再掲〉

戦いにおいて「戦略」の稚拙さを「戦術」ではカバーできないといわれている。 戦前の軍部が典型的な例である。 戦略はおろか戦術が稚拙な会社で働かされているサラリーマンは不幸である。 初出 2016/12/19 経営論やマネジメント論、組織論等でよく現場第一主…

弱者の救済は強者による「恩恵」であってはならないという件

先進国では社会福祉・社会保障制度による救済を受けることは固有の権利だとされている。仮に自分の生活が困窮したとしたならば、生活保護を受給することは当然の権利の行使となる。 しかし、未だに生活保護を受給することは「国に厄介になる」ことであり「恥…

「画一化された」価値観ほどおそろしいものはないという件

僕たちはひとりひとり考え方やものの感じ方が違う。 人それぞれバックボーンが異なっているのだから当然のことである。 この社会は価値観の異なる人たちがお互いを認め合い支え合いながら共存していくものである。 僕がどのような価値観を持っていても自由で…

学校給食のトラウマ、あるいはそれに関する諸々のことという件

僕は今も時々小学校時代の嫌な夢を見る。 給食が食べられなくて無理やり食べさせられたり、居残りをさせられたりするという、そんな悪夢だ。 僕は偏食であり、小学生の時は今よりももっと酷かった。 肉類を食べることができなくて(今もあまり好きではない)…

自立とひとり暮らしをすすめるのは誰かの陰謀かもしれないという件〈再掲〉

「自立」の一般的なイメージは親元を離れて独立した生計を営むことである。世帯を構成する人数が少なくなり、個に分解されればされるほど消費が増える。資本主義体制下では家族が解体される方が好都合なのである。 初出 2016/12/12 僕は高校を卒業して大学に…

すぐに役立つ知識は実はすぐに役に立たなくなるという件

僕は社労士事務所を営んでいるときに専門的な知識を得ようとして勉強を続けていた。労働法、判例、行政通達、公的保険の実務、人事労務管理の知識等を日々勉強していた。実務に直結するような知識、つまりカネになる知識を優先して学んだのだが、今となって…

(隔世の感がある)僕の「就活」体験を語ってみる件

僕が就職活動していた頃はバブル景気の真っ最中だった。 尤もその当時は「バブル景気」という言葉はなく、どうやら景気が良いらしい、もしかすると売り手市場らしい、と言った程度の認識だった。 蓋を開けると早々に内定者が続出し、複数の会社から内定を得…

頑張りすぎると結果が伴わないという件〈再掲〉

頑張ることを必要以上に強いられる社会は息苦しいものとなる。 また、悪しき精神論・根性論の温床となる。 頑張らない生き方を排除しない社会が健全な社会である。 初出 2016/12/6 僕たちは幼少のころから何事にも頑張れと言われ続け、頑張ることが良いこと…

「自己決定」「自己責任」イデオロギーから解き放たれると生きやすくなるという件

僕たちは子どもの頃から「自立」を強いられる。 自分ひとりの力で生きていけるようになれと言われ続け、人に頼ってはいけないと刷り込まれる。 資本主義的なイデオロギー、特に新自由主義的価値観の下では人はみな個人単位に分解されて、個の力を頼りに生き…

「自己啓発社会」は何だか息苦しさを感じるという件

僕たちが働くうえで決められたことだけをしていては評価されない。たとえマニュアル通りの単純作業であっても創意工夫を求められる。営業にしても事務系の仕事にしても接客の仕事にしても、それぞれ自己啓発や能力開発を強いられる。 仕事の遂行能力を高める…

「怠ける権利」なんて本当にあるのか、あってもいいという件〈再掲〉

怠けること、怠惰なことが「罪」だとみなされるようになったのは近代になってからである。資本主義体制の国家の、国民国家の生成と関係がある。 怠けることによって創り出されるものがある。 初出 2016/11/29 ここんところずっと憲法の改正論議が続いている…

カネを稼げるかどうかだけで人の価値を決める社会はどこかおかしいという件

僕はカネを稼ぐ能力に欠けている。それも絶望的に。 資本主義体制下の社会では僕は価値の低い存在であり、無能な人間である。 僕がどんなに性格が良いとか、多少は物知りであるとかなどといった計測不能な事柄で自分の美点を主張しても誰も見向きもしない(…

うそをつくのは悪いこと、本当にそう言い切れるのかという件

僕たちは幼い頃から「うそをついてはいけない」「正直者になれ」と散々言われ、そう刷り込まれてきた。うそつきは悪人であると、人として最低だと刷り込まれてきた。 確かに他者を陥れたり、悪意をもって欺くことはいけないことだ。人として当然のことである…

秘密結社的なものを作って助け合いを行うと面白いかも、という件〈再掲〉

今は「連帯」ができにくい時代である。 助け合いや支え合いの精神も薄れてきている。 しかしながら、人は「社会」「共同体」を作ってしか生きていけない生き物である。「結社」をして社会と向き合うという方法もありなのではないだろうか。 初出 2016/11/17 …

「不届き者」という言葉に僕は憧れとシンパシーを感じているという件

僕は今のこの世の中の様々な物事に怒りを感じたり違和感を覚えることが多い。だからこのブログを書き続けている。 僕が常に心がけているのは安易に多数派に与しないことである。常識や良識を妄信しないことである。この姿勢をとり続けていくと、必然的に「反…

減点主義は人を委縮させ、新しいものを生み出すことを阻害する、という件

学校教育においても、はたまたサラリーマンの世界においても減点主義的な評価方法で選別している。 特にそれが顕著なのが公務員の世界である。 なぜ「お役所仕事」がこれほど批判されても改まらないのかというと、その主な原因は減点主義の人事考課を徹底し…

「昔は良かった」なんてことはないという件

若い人たちと話しているとついつい「僕らが若い頃は~」と言ってしまうことがある。僕としては「今どきの若者はなっとらん」とか「僕らが若い頃は良かった」なんて言いたいわけではない。この手の物言いは僕が最も嫌うものである。けれども、つい「昔は~だ…

時にはぶらぶらとすることが大切であり、怠惰であることも必要であるという件

ごく一部の人たちを除いて、人は生活を営むために働かなければならない。会社に雇われるにしても自営・フリーランスという形にしても。 働いている状態が当たり前であるという世間の常識によって、仕事を失えばそれが即あってはならない状態とみなされること…

格差のない、平等な社会はユートピアなのかという件

僕はこのブログで貧困問題は是が非でも解決しなければならないと主張している。人として生まれたからには何人も人間らしい生活を営むという権利を享受すべきだという考えがあるからだ。 しかしながら、僕は格差が生まれることを否定しない。人はすべて平等で…

職業に貴賤はある。だが絶対的なものではない件〈再掲〉

社会的威信の高い仕事は時代によって変わる。 今は「いい仕事」とされているものでも昔は賤しいとみなされていた仕事は幾らでもある。 職業に貴賤あり・なしとする議論は意味がないのかもしれない。 初出 2016/10/27 職業に貴賎は無い、という物言いは建前で…

体育会系マネジメントなんてもういいかげん辞めたら、という件

僕はスポーツ観戦が大好きである。野球、ラグビー、アメフト、駅伝等々そのシーズンが到来するのを楽しみにしている。 しかし、体育会系的なノリは苦手である、というか嫌悪感を覚えるときがある。 この国の会社組織では体育会的なエートスを持ったところが…

今は「ビンボー自慢」すると白眼視されたり変人扱いされるという件

僕は当然のことながら(なぜ当然なのか分からないが)ビンボー人である。僕はビンボーであることを悲観視していないし自分を卑下したりもしていない。 カネを稼げる人が偉い人でありカネを多く持っている人が立派な人だというカネ万能主義イデオロギーからす…

会社が自分の世界のすべてだと思い込むことは危険であるという件

僕たちは生まれてからずっと自分が置かれた環境に適応することを求められる。 幼稚園や保育所、学校でもそれぞれルールがあり、先生や他の生徒との関係を築かなければならない。働き始めてからは尚更に会社等の組織に「適応」しなければならない。 一部の人…

社会保障制度によって困っている人たちがみな救われるわけではないという件〈再掲〉

僕は自民党政権が推し進める社会保障費の削減には大反対である。 セーフティネットを拡充せずに新自由主義的な政策を採ると格差の拡大化・固定化が進み社会が不安定化する。 しかし、社会保障は人々の「心」や「意欲」の問題を解決はできない。 初出 2016/10…

どこの会社で働いても、転職を繰り返してもそんなに変わらないという件

しばらくの期間ある会社に勤めていると、他の会社の方が良いのではないかという思いにとりつかれる。ブラック企業ではないまともな会社に勤めていても、自社のアラが見えるようになってくる。あるいはこの会社では自分は評価されていない、自分の能力が発揮…

グローバル人材なんてバカでかい会社にとって使い勝手の良い労働者に過ぎないという件

僕の出身大学はやたらと「グローバル」を売りにしている。僕が在学中もその傾向があったのだが、昨今は度が過ぎているように思えてならない。私立大学は何らかの売りがなければ生き残れないと言われている。グローバルを売りにするのは最適な戦略なのか、僕…

無理して「我慢」なんてすることはないという件

僕たちは幼少時から我慢することを我慢の大切さを教え込まれる。 我慢ができない子どもは忍耐力に欠ける子として問題児扱いされる。我慢ができずに自己主張する子どもは協調性に欠ける子としてこれもまた問題児とされてしまう。 学校教育では教師の言うこと…

自立とは誰かに「助けて」と言えることであるという件

僕たちは常に他者から世間から「自立」することを強いられる。 一般的には生活費を自分で稼ぎ、誰からも援助を受けずに自力のみで生活を成り立たせている状況にあることを自立とみなされる。 世間では自立できていないと目される人たちを「ごくつぶし」だの…

母とあるいはその世代との価値観の違いを痛感しているという件

僕の母は太平洋戦争中に瀬戸内の離島で生まれた。母の両親、つまり僕の母方の祖父母は祖父が神主をしながらみかん栽培をし、祖母は主にみかん栽培をする兼業農家であった。 母と僕とに世代間ギャップがあるのは当たり前の話である。戦中派と新人類世代(バブ…

仕事を最優先することが当然のことなのか、という件〈再掲〉

僕は「仕事だから」と言って友人との約束をキャンセルしたりデートをキャンセルすることが当然という風潮が嫌いだった。 私生活は仕事と同等のものである。 仕事に最上の価値があり、そういう考え方が当たり前だとされる社会は僕にとっては生きづらい。 初出…

「働かざる者、食うべからず」は残酷な言葉であるという件

ニートやひきこもり、ホームレス等の人たちに対して「働かざる者、食うべからず」という言葉を持ち出して非難する人たちが未だにたくさんいる。非難するだけならまだましな方で、支援策など無用だとかひどい場合には野垂れ死にしてもやむを得ないという極論…

もう少しだけ「学歴」の話をしようと思う件(高校編)

僕は学歴至上主義者ではないが、やはり学歴に関してはこだわりがある。 仕事を得る際には「選別」を受けざるを得ないけれども、その基準として学歴を用いるのは悪いことではない。家柄や生まれ、あるいは階級などを基準とする社会よりはよっぽどましであると…

遅刻に殊更厳しく、時間厳守ばかりが問われる社会は息苦しい、という件

社会人としての最低限のマナーとして時間厳守がある。時間にルーズな人はなかなか信用されないようになっている。 会社や役所に勤めるようになると、あるいはアルバイトやパートでも、始業時間までに必ず出勤しなければならない。酷い職場では始業時間の30分…

働きたくないと思うのはある意味まともであるという件〈再掲〉

僕は雇われて働くことを忌避している。 典型的な怠け者のダメ人間である。 このブログはそのような自分を正当化するために書いているのかもしれない。 初出 2016/10/4 僕はこのブログでたびたび働きたくないと公言している。「仕事」をすることは嫌いではな…

「人権」はイデオロギーのひとつに過ぎないけれどもやっぱり大切なものという件

「人権」という概念はひとつのイデオロギーに過ぎない。普遍的な絶対的な真理ではない。人権思想を金科玉条とすると、「人権教」という宗教となり、人々はその教義に盲従するようになる。これはとても危険なことである。 僕は何も人権思想を否定しているわけ…

なぜ生活保護の現場がうまく回らないのかという件

生活保護行政の第一線に立つケースワーカーの仕事はハードである。 僕がある政令指定都市の職員をしていたとき、同期生である何人かはケースワーカーの仕事に就いていて、その仕事の精神的負荷がいかに高いかを見聞きした。 僕はある区役所の国民健康保険を…

「勉強ができる」ことは才能のひとつであるという件

僕は今でこそ勤労意欲の低いダメ人間であるけれども、小中学校のときは勉強がよくできる優等生だった。 でも、こんな過去の栄光なんて何の足しにもならない。仮に僕が昔は凄かったんだぞ、とか言って自慢すればただの「イタイ人」である。 勉強ができて、世…

社会的弱者に対するバッシングほど卑劣な行為はないという件

社会的に弱い立場に置かれた人たちに対しては配慮が必要であり、また人に値する生活を保障することは自明のことである。 貧困は自己責任という考え方は前時代の遺物である。 社会構造のひずみによって多くの弱者が生み出され、そのひずみを少しずつでも失く…

ある人たちのことを「非国民」とレッテル貼りをすることの危険性、という件

戦時中、国家の意に沿わない言動をする人たちを「非国民」呼ばわりして攻撃の対象としていた。たちが悪いのは人を非国民として詰っていたのは一般大衆だったことだ。当時の「常識」に外れる人たちはすべて非国民だったのである。 この「非国民」という言葉は…

労働の義務についてあれこれ考えてみる件

「国民は勤労の権利を有し、義務を負う」と日本国憲法に規定されている。一般的には労働の「権利」についての言説が多くて、労働の「義務」についてはなおざりにされがちである。 このブログのメインテーマのひとつは「労働の本質」について考えることである…

社畜から脱するための第一歩は有給休暇をためらいなく取ることだという件〈再掲〉

僕が勤め人だった頃、「休まない自慢」をする人たちが多かった。 この不思議な生態を僕は全く理解できなかった。 休まないのはその人の勝手だが、その価値観を僕に押し付けるな、といつも思っていた。 初出 2016/9/6 僕が働きだした頃はバブルのイケイケ時代…

「自己責任」を突き詰めると超人的な人しか生き残れなくなるという件

一昔前は世に自己責任論が跋扈していた。 今は幾分和らいではいるが、それでもなお何かのきっかけで自己責任論が噴出する状況にある。特に「貧困」をめぐるメディアの報道がなされるとどこかしこからともなく貧困は自己責任である、生活保護受給者は甘えてい…

サラリーマンである限り収入を大幅に増やすことはできないという件

サラリーマン、つまり労働者を続けている限りは収入は大幅には増えない。 労働者が受け取る賃金には天井がある。たとえ勤めている会社が業績をアップさせても殆ど給料は上がらない仕組みとなっている。そうでなければ資本主義システムは成立しないのである。…

「美しさ」に覆われた社会は本当に生きやすいのか、という件

ここ数年、この国がいかに美しいか、いかに優れているかを強調しているテレビ番組や著書が目に付く。 自国の美点を誇ることを取り立てて論うつもりはない。 僕は愛国者であるから、自国が美しく誇れるものならばそれに越したことはない。 ただ、少々気がかり…

「面倒なことはヨソでやってくれ」というメンタリティはどうなのかという件

僕たちの経済的な自由は公共の利益に反しないかぎり保障されている。日本国憲法にも規定されている。 資本主義体制下では私的財産権が最大限に保障されてもいる。 自分の持つ不動産や動産は他者によって不当に簒奪されない。今では当たり前のことだけれども…

「素直」さを殊更に持ち上げることには裏がある、という件

人が成長するために最も大切なことは素直であることだとよく言われている。大抵の自己啓発物では素直に人の話を聞くことを薦めている。 僕のような天邪鬼ですぐに人の言うことを信用しないような人間は成長しないらしい。 素直さが大切だ、ということは確か…

住宅政策は社会保障制度の根幹である件〈再掲〉

この国の住宅政策はとても貧弱である。 持ち家政策という名をもって一部の業界を潤し政官民が癒着している構造となっている。 住宅政策がまともに実行されれば、生活困窮者の問題のかなりの部分は解決できる。 初出 2016/8/23 衣食住の中でも「住」の確保が…

働く環境を良くするためにはひとりひとりが現実と向き合うしかないという件

この国で働く人たちの多くは労働環境が劣悪な状況にあることに苦しんでいる。 長時間労働、サービス残業、誤った成果主義、リストラ圧力が常にかかっている等々である。 新自由主義やグローバリズムはごく一部の経営者層・富裕層を富ませるだけで、労働者の…