希望の舎―キボウノイエ―

漂泊を続ける民が綴るブログ。ちょっとナナメからの視点で語ります。これからの働き方・中世史・昭和前期の軍の組織論・労働問題・貧困問題・教育問題などに興味があるので、それらの話題が中心になります。

社会について考えてみる

全ての人々が豊かになり満ち足りてしまうと困る者がいるという件〈再掲〉

すべての人たちが物質的にも精神的にも満ち足りた社会が理想郷である、と誰もが思っているはずである。しかしながら、そんな世の中になれば困る人たち(儲からない、いい思いができない)がいることも確かである。 初出 2017/10/19 全ての人に必要なモノやサ…

たまには誰かに「おせっかい」をしてみようという件

今は「自己決定」「自己責任」が尊いとされている。 すべては個人の責任において対処すべきだと刷り込まれている。 「人に迷惑をかけてはいけない」と幼少の頃から叩き込まれ、同時に誰かに迷惑をかけられることを嫌うというメンタリティが醸成されることに…

「世の中間違っている」と僕は言いたくないという件

今の世の中は決して公正でもないし、多くの矛盾や歪みに満ち満ちている。 僕は自分が今置かれている境遇を「世の中が間違っている」せいにしたくない。 自分がビンボーなのもダメ人間なのも自分が選んでそうなったのだ。 しかしながら、世の中には自分にはど…

僕が公務員を辞めた最大の理由は「安定」と「先々の保障」があると思ったからという件〈再掲〉

公務員の安定神話は未だに生きている。 僕は安定していることに価値を見出せなかった。先々の保障があるということは「先が見えている」と感じたからだ。この感覚を持つことが正しかったのかどうかは今もって分からない。 初出 2017/10/3 「公務員を辞めたネ…

結婚して、持家を買ってこそ一人前という風潮が未だ残っているという件

40歳を超えたあたりから親や親戚から「結婚はまだ?」と言われなくなった。 もう諦めたのだろう。生き方の多様化という社会の流れも関係しているのかもしれない。僕にとっては喜ばしいことである。 しかし、世間ではそうはいかないようだ。以前のいくつかの…

社会システムの機能不全は個人の資質向上なんかではカバーできないという件

この社会には様々な矛盾や歪みが存在する。 その多くは既存の社会システムが機能不全に陥っていることに由来する。 厄介なのはシステムの綻びがなかなか可視化せずに取り返しのつかない状況になってようやっと多くの人たち気づくことである。 ある領域でのシ…

適度に「棲み分け」ができている社会が生きやすいという件〈再掲〉

人には得意不得意、向き不向きがある。 人それぞれが自分の適性に応じて、役割を果たして、自分の力を共同体に還元できているようになれば生きやすくなると僕は思う。 初出 2017/9/19 人それぞれが持っている価値観は異なっている。 得意分野不得意分野もそ…

「カネよりも命が大事」という当たり前のことを分かっていない人が多くいるという件

一番大切なものは自分の命である、というのは当たり前の話である。「命あっての物種」なのである。 カネは生きていくうえで大切なものではあるが、その優先順位は命よりも劣るもののはずである。 しかしながら、「命よりもカネが大事」と考えている御仁が多…

人は宗教やイデオロギーとは無縁ではいられないという件

僕は特定の宗教を信じていない。特定のイデオロギーの信奉者でもない。 いや、厳密に言えばそのように思い込んでいるだけなのかもしれない。 何々教を信じていないとか、何々主義者でもないという表面上のことだけなのだ。特定の宗派を信じているとか特定の…

薄っぺらい正義がまかり通る社会は息苦しいという件

僕はほとんどテレビを観ない。 週刊誌の類も読まない。 芸能人や政治家のスキャンダルやゴシップは嫌いではないけれども、その報道姿勢が気にくわないのである。 それは相対的に弱い立場の人には執拗に絡み続け、強い立場にある人はスルーすることである。ま…

「ブラック社労士」はこれからもずっと存在し続けるという件

ネットの記事で「ブラック社労士」のことが言及されていた。 NPO法人POSSEの今野晴貴さんの手によるものだ。 昔に社労士業を生業としていた僕にとっては耳が痛い内容である。 社労士は主として会社と顧問契約を結ぶ。だからどうしても会社側や経営者側に立っ…

資本主義体制は「弱者」を次々と生み出すことによって成り立っているという件〈再掲〉

資本主義体制はごく少数の強者と多数の弱者によって成り立っている。 資本主義というものは常に市場を求め、経済的弱者を求めながら発展存続する。 資本主義を全否定することはできないが、その病弊は確かに存在する。 初出 2017/9/11 資本主義体制下では持…

何故「ヒマ」を嫌う人が多いのだろう、と首を傾げてしまうという件

このブログで何度も言及しているように、僕はヒマ人である。 なかなかに筋金入りのヒマ人と言ってもいい。 本当はボーっとして過ごしたいのだけれども、僕の性分なのかそれができないでいる。 仕事をしている時間(真っ当な人から見れば微々たる時間だが)以…

僕は就活が嫌だったし、ほとんどしなかったという件

雇われて働くことを嫌悪している僕ではあるが、大学4回生の夏には就活「らしき」ことはした。僕は本心ではサラリーマンにはなりたくなかったが、親の手前、世間体を考えて「とりあえず」就職する道を選ぶことにしたのだ。 大学院に進むことも考えたが、どう…

ビンボーは自己責任だけれども、貧困は自己責任ではないという件

以前にこのブログでも書いたけれども、ビンボーと貧困は似て非なるものである。 貧困は社会システムの歪みから生み出されるものであって、当人にはどうすることもできない性質のものである。努力しようにもできない境遇に置かれ、社会階層の上層に移る道を閉…

恵まれない人たちへ支援するのは「立派な人」でなくても良いという件

僕がかつて福祉関係の仕事をしている時、「大変やねえ」とか「立派なことをしてはるねえ」といった類の言葉をかけられることがあった。その言葉が本心から出ているのかどうかは分からない。「汚れ仕事をようやるわ」「人の嫌がる仕事をするなんて、物好きや…

何でもかんでも「教育が悪い」と言っていればいいわけではないという件〈再掲〉

ある社会問題が多発するとすぐにその理由を教育に求める風潮がある。 青少年犯罪、ニートやひきこもり、競争力の低下、学力の低下等々は教育に問題があるとされてしまう。それは思考停止以外の何物でもない。 初出 2017/8/29 教育に関する話題となると多くの…

高収入の男性を結婚相手に求める女性は正しいという件

結婚相手に経済力を求めるのは当然のことである。たとえ愛情があったとしても、相手の人柄が良くても日々の生活が立ち行かなくなったらどうにもならない。 今は女性が働くことが当たり前となり、一昔前のように男性に全面的に養ってもらおうと考える人は減少…

ほとんどの人たちは嫌になっても会社を辞められないという件

今勤めている会社を辞めたいと思ったことがある人は大半に上るだろうと推察される。 労働条件が悪い、社内の人間関係がしっくりこない、上司が無能である、今担当している仕事にやりがいを感じられない等々理由は様々である。 多くの人が一度や二度仕事を辞…

僕は「個性的」という言葉があまり好きではないという件

僕はこのブログで何度も書いているように平凡な人間である。 外見的には取り立てて特徴もないし、性格もそれほど偏ってはいない(と自分では思っている)。人に誇れるような特技もない。強いてあげれば、このブログを4年以上続けていることくらいである。平…

弱いことは悪ではない、善であるという件〈再掲〉

僕たちはなかなか自分の弱さを認めることができない。 競争に急き立てられる現行の社会では他人に自分の弱さを見せてはならない。またそう思い込んでいる。弱いことが悪であるとみなされる社会は生きづらい。 初出 2017/8/17 今のこの社会では「弱いこと」は…

ベーシックインカムを採り入れてもすべての人たちが幸せにはならないという件

僕はすべての人に無条件・平等に金銭給付を行うベーシックインカムを概ね肯定する。全面的に賛成というわけではない。生活困窮者を選別し、調査し、厳格な基準をもって現金支給をするという現行の制度は限界を迎えていると感じている。生活保護を受けること…

僕は「ヤンキー」的メンタリティとは肌が合わないという件

今のこの社会を覆っている空気が「ヤンキー的」であるという言説がある。「マイルドヤンキー」なんて語も創生された。 「ヤンキー」的というのは何も不良が跋扈しているという意味ではない。 ヤンキーと呼ばれた人たちが好むメンタリティがこの社会の多数派…

「未来予測」が氾濫しているこの国はいい国だという件

未来のことは誰にも分からない。想像するしかない。 しかしながら、未来を予測した著書や言説が氾濫している。 先のことは分からないから安心感を得るために自称識者と言われている人たちの未来予測を受け入れている。 僕は未来予測ものの著書は積極的には買…

人の「やる気」を引き出そうとすればするほどその人はやる気をなくすという件〈再掲〉

僕は「やる気」を出せと押し付けるような人は信用していない。 「やる気」のみを重視する態度は悪しき精神主義・根性主義となり、思考停止に陥りがちである。 初出 2017/7/27 殆どの人はやる気を出せと発破をかけられればかけられるほどやる気をなくしてしま…

僕は弱者だけれども、「弱者権力」を嫌っているという件

僕は自分が社会的弱者にカテゴライズされると思っている。 ビンボーだし定職に就いていないし歳も結構喰っているし社会的信用なんてものはない。 ダメ人間であり、そのことを自覚している。 僕は公正な再分配と同時に健全な競争なされていて、機会の平等が担…

この世の中は正解がないことだらけであるという件

これから受験シーズンが本番を迎える。 僕が講師をしている進学塾でも追い込みにかかっている。 受験生は大変だなぁ、と思う一方で今から考えると受験なんて大したことないと思えたりもする。 学校での勉強、受験勉強には正解があるからだ。どんな難問・奇問…

会社や学校をサボることは楽しいという件〈再掲〉

授業をサボったり、仕事をサボることには背徳感がつきまとう。 たかだかサボるだけのことなのに、なぜ後ろめたさを感じるのだろうか。 僕たちは幼少の頃からサボらないこと、真面目であることを強要される。 この同調圧力から少しでも逃れるためにはたまにサ…

「セカンド・チャンス」が許されない社会は閉塞感に覆われるという件

僕たちが生きているこの社会はなかなかに「やり直し」がきかない社会である。 「セカンド・チャンス」をものにすることが難しく、そもそも「セカンド・チャンス」の機会すら与えられない場合が多い。 どんな人でも生きていれば様々な障壁にぶつかる。 思うよ…

「働くことの喜び」なんて本当にあるのか、という件〈再掲〉

「働けるだけでうれしい」と言う人が結構いる。 これはこれで正しいことであってとやかく言う筋合いのものではない。 「労働」の持つ本質的なものから目を背けているだけだと、言うのは容易い。 「働くこと」は多義的なものなのである。 初出 2017/7/18 僕は…